「酷い貌(かお)を。」
傷痕が。と付け足す其の男は、痛ましそうに私を見た。
今から数週間前に始まった戦のせいで、私は齢(よわい)壱拾四(じゅうよん)の誕生日を独りで過ごすこととなった。顔の創(きず)は、その時のもの。
所謂戦孤児だ。幸い父親が医学に詳しかったから、少しは食い繋いできたけれど、もう限界だ。 だから私は、裕福そうな家の前でわざと行き倒れた。もしかしたら、助けてくれるかもしれないから。 朧ながらに捉えた男は、男なのに日傘を差していた。
目を醒ますと、例の男が部屋に入ってくるところだった。 十二畳の部屋は、私一人の為に宛がわれたらしく物は殆ど無かった。男は静かに襖を閉め、ゆっくりと私に近づいた。 手には湿布やら塗り薬やら繃帯やらを持っている。
「気分は、どうだい。」
「…頗(すこぶ)る良いです。あの、助けて下さったのは、」
「助けたなんてものじゃ、ないよ。私が。」
好い人なのだろう。面差しは優しく、会話をしながら私を治療する手は丁寧だ。創を見るたび哀しそうな顔をする。騙していることが申し訳なくなった。 けれど、ここでお世話になりましたと出て行ってはだめなのだ。お礼だと云って家の仕事を住み込みでやらせてもらわなければ。 それが私の目的なのだから。
「本当、ですか。…なんとお礼を申し上げればいいのか。助けて下すって有難う御座います。」
「いや、よいのです。私がしたいのだから。」
「でも、湿布など、そんな高級品、」
ここで私は違和感に気づいた。湿布等は、戦をしているこのご時世大変貴重なもの。 繃帯ならまだしも、塗り薬まで行き倒れにくれる余裕があるのなら、どうしてこの人が直々に私に治療をするのだろう。 使用人を使わないのだろうか。
…何故だろう。
そんな私の疑問を悟ったのか、男は緩慢に笑う。
「この家に、使用人はいません。暮らしているのは、私と莫大な財産だけ。」
「え、」
「宜しければ貴女が、使用人として、雇われて頂けないでしょうか。」
最初から、それが目的だったのでしょう。 そう問いかける男の目に光はなかった。 見抜かれていた。いや、それはいい。使用人がいない?財産だけ?可笑しい、これは、なにかある。 しかし、私には行く宛も働く宛もないのだ。従うしかないのだろう。そうでもしなければ死ぬ。
「…是非。」
この言葉を後になって、本当に良かったと思える日が来ることを、私は知らない。
後編へ。
きつねのかんばせ。(前)
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