芹が跳ね起きて、首筋に牙の跡と、爪痕を見つけてどきまぎした日から一週間。 あれから、吸血鬼―…ヴァルトレードは暇を見つけては芹に日本の話をさせ、気が済むと芹に、(無駄に)豊富な知識や雑学を披露した。たとえば今とか。なかなか面白いことは認めたくない。ヴァルトレードは約二百年生きているとか。眉唾以外の何物でもない。
「…吸血鬼、あんたはいつまでこの城にいるの。」
「さあ、最愛が見つかったら交代するさ。」
「え、なにそれギャグ?」
「お前失礼にもほどがあるだろ。最愛っていうのは俺らの妻になる者たちだ。」
「うっわ、すごく可哀そうだね。主にあんたの最愛さんは。」
「…食うぞ。」
「嫌よ。」
二人は互いの名前を呼ばなかった。知っているのに。ヴァルトレードからしたら、餌の名前を呼ぶ必要はないし、芹からしたら電波の名前なんて呼びたくない。なかなかすれ違っている二人だった。
「不思議な制度だね。説明してよ。」
「ええ、面倒くさいな。」
「どうせ暇だろうに…。」
「仕方ないな。食事させてくれたらいいぞ。」
「いいわよ、ただしあと二十五個くらい質問あるから、全部わたしがわかるまで説明なさいね。」
「お前、嫌な奴だな…。」
「リボンをつけてお返ししてあげる。」
「…。まあ、いい。最愛っていうのは、俺たち吸血鬼が一生に一人だけ現れる妻や夫になる者たちのことだ。俺たちはたいてい城に住んでるが、最愛が現れたら城主交代だ。最愛に自分の子を孕ませ、生まれたらあとは城のものや、自然に任せる。独りで生きるのが、俺たちの定法だ。」
「え、ロザーリエとかはどうなるの?」
「女の吸血鬼なんてほとんどいないよ。ロザーリエは希少だな。女の吸血鬼は自分で産む。そのあとは同じだ。俺たちは本能で、どうすればいいか知っているからな。」
「…?」
「城の管理の仕方や食事の仕方、掟や最愛のこと。」
「へえ、便利ね。でもつまらないわね。最初からすべて知っているなんて。」
「そういうものなんだよ。俺たちは異常に寿命が長いからな。」
「死ぬときは?」
「最愛は俺たちと同じ体質になるんだ。でも寿命は俺たちより短い、俺たちが千年だが最愛は二百年から百年だ。最愛とともに死ぬんだ。」
「素敵だけど、そんなに生きてもつまらないかもね。」
「ああ、退屈だよ。退屈すぎて知識ばかり増えた。」
「いいじゃない、その知識、わたしに教えてよ。」
「お前、変わってる。」
「あんたもね。人間は百年も生きれないんだから、面白いことたくさん知っておきたいの。」
「どうせ死ぬのに。」
「どうせ死ぬからよ。」
その後数時間の間ずっと話していた。一週間で話した時間はとてつもない数になる度になるだろうな。と芹は思った。時々ロザーリエが食事や飲み物を持ってきてくれる以外、ずっと二人だった。ずっと話していた。人間のこと、吸血鬼のこと、ヴァルトレードは美術も音楽も詳しかったから、絵画や映画の話も。あと生きることと死ぬこと。 どうせ死ぬのだから、知識なんかいらないのでは、というヴァルトレード。芹はどうせ死ぬから面白いことを知って、楽しみたいのよ。人間がより良い生き物になるためにもね。といった。
「そういえば、もういい加減捜索願出されてもいいと思うんだけど。」
「捜索?ああ、ここでは時間の流れ方が違うんだ。」
「…なんかいちいち便利ね。」
「でも、俺は羨ましいよ。」
「不便なのが?」
「ああ。」
夜になり、朝になった。芹は疲れていたが、とても楽しかった。人は、目の前の忙しさに気を取られていて、頭を使う会話をしないことが、芹にはとてもつまらなかったから。夕方になるとヴァルトレードは、話しつかれてうとうとしている芹に近づいた。ヴァルトレードたちは、命の根源である血が食事対象だから、三週間くらいは食べなくても平気だったが、久しぶりに話しすぎて疲れた。ロザーリエを呼ぶより、吸血したほうが早いと思った。それになんだかロザーリエに邪魔されたくなかった。 白い首筋に噛みついた。
「っは、ぁ…。」
微睡んではいるものの、快楽は届くらしい。芹は眉を顰め、甘い声を上げた。にやり、とヴァルトレードが笑んだ。毎回こうすれば、抵抗もされないし、退屈もしない。紅い目を細めた時。
「ッ?!お前…ッ!」
芹が ヴァルトレードの首筋に 噛みついた。
芹は、もうろうとした意識の中で。にやり、と笑って見せた。ヴァルトレードの真似をして。似合わないとはわかっていても、餌扱いは嫌だ。
「食うわよ。」
そういって眠りに落ちた芹は、ヴァルトレードが優しく微笑んだことを知らない。
胎内のプワゾン
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