「…え、は?ちょっと待って、あんた電波?!」

「ふむ、電波、とは?」

「いや、頭が可笑しいひとのことだけど、ってそうじゃなくて!」

「なんだ?」

「いま、なんて云った…?」

思わずばっ、と立ち上がった芹は、敬語も何もかも忘れて、素で返事をしてしまった。いや、もうほんと何言ってるんだろうこいつ頭おかしい!心の中でそう叫びながら相手の返答を待つ。

「俺は、吸血鬼だ。」

「嘘でしょ冗談やめてよほんと変な屋敷連れてこられて電波発言とかもうわたしに何をしろと?!」

「…。」

マシンガントークで言ってしまった。男は呆気になって芹を見つめていた。芹はというと、先ほどの緊張などがどこかへ飛んでしまい、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「っくく、お前は、よく、喋る奴だ。」

急に笑い出した男に、思わず芹は見惚れてしまった。いままで無表情しか見たことがないからだ。が、すぐにこいつは電波!と思い直しとりあえず落ち着こうと再度椅子に座った。

「だが、信じてもらわねばならぬ。お前は、俺の食事を見たからな。」

「食事、ってまさか。」

芹が驚いて、目を見開くと男は、妖しく目を細め、口角を上げた。
なにもかもが艶めかしい。

「ああ、全く、入らせないようにしていたのに、どうやって入ったのか…。」

「入らせないように…?」

「ああ、…お前東洋人だろう。お前の言葉で言うなら結界、だな。」

「本当に、もう訳分からなくなってきたんだけど…。」

「まあ、今から説明する。それまでは喋るな。まず何度も言うが、俺は吸血鬼だ。で、俺の食事中にお前が入ってきた。本来ならあり得ないことだ。最近事件もなく退屈していたし、お前は珍味そうだから連れ帰ってきた。…おっと喋るなよ?それでまあ、この城は俺の城で、メイドと召使が何人かいる、眷属と呼ばれる奴らだな。東洋で言う式みたいなものだ。もういいぞー。」

「待て待て待て、たったそれだけの理由で連れてきたの?そして珍味って何?」

「まあ、そうだな。っふふ、嘘だ。本気にする、いちいち面白いな。それには後で答えることにして、珍味というのは。…喉が渇いた、ロザーリエ。」

「そこで止められるとなんか気に、な…る…。」

急に話をやめてしまって、誰かの名前を呼んだ吸血鬼(仮)。彼が何かを呼んだ瞬間、芹は背筋がぞくり、とした。
(なにかが、きた。)
芹が油の足りないロボットのようにぎちぎち、と振り向くと、黒い扉から霧が入ってきていた。その霧は、芹を通り過ぎ、吸血鬼の隣に塊として集まり始めた。
(うそ、だ…ぁ…。)
それ≠ヘやがて形を成し、


やがて そこには 美しい 女が 立って いた



「っうふふ、あは、…初めまして、かわいいかわいいお客様。」

女は、吐息交じりの色気のある声で云った。女はいわゆるメイド服なるものを着ていて、ご丁寧にこれも黒かった。手には匂いからしてダージリンティーに、赤いラズベリーパイだと思われるタルト。
芹があっけにとられている間に、彼女は芹と吸血鬼の間にある猫足黒テーブルに、紅茶等を置いた。吸血鬼は優雅に紅茶を手に取る。

「…あな、たはなんで、すか?」

戸惑いがちに芹が聞く。女はにやり、と笑って云った。

「あたしは吸血鬼よ。中級だけど。」

「…本当にいるんですね。…吸血鬼。」

先ほどの霧をみて、やっと信じた芹は自分の言い聞かせるように云った。
女は、吸血鬼のほうをみてからかう様に笑うと云う。

「どうせこいつは何も話していないんでしょう。聞きたいことがあったら聞いていいわよ。」

とても嬉しい言葉を聞き、芹は緊張や不安よりも好奇心が勝った。

「本当ですか?!聞きたいこといっぱいあるんです!まず、お名前をお聞きしても?」

「いいわよ、あたしはロザーリエ。苗字は…まあ、省略でいいわよね。」

「じゃあ、吸血鬼の説明をお願いします…。」

「あんた…本当に何も説明してないのね…。」

ロザーリエは、縋るように尋ねる芹を見て、吸血鬼に呆れるようにため息をついた。
すぐに、大輪の薔薇のように笑って、云った。艶めかしいまでの紅い唇が動く。

「じゃあ、歴史からね。吸血鬼っていうのは、突然変異から始まったのよ。猿人とか一番最初のヒトの時代に、鋭い牙をもち、血を飲むことで生きる、美しい長寿種が現れたの。それがあたしたちね。あたしたちは世界に広がって、キョンシーやらなんやらに分離していったの。能力は、霧や猫になることができる、あとヒトに比べて異常に身体能力がいいことね。容姿がいいのは餌であるヒトをおびき寄せるためだとか、諸説あるわ。寿命は人それぞれね。あ、いえ、この場合は、吸血鬼それぞれー…かしら?」

なめらかに話すロザーリエは、くすりと笑った。芹はロザーリエの発した「餌」という言葉に、背筋が凍るような感覚になった。
(自分は、餌でしかないのか…。)
くらり、と頭が揺れるような気がした。芹は質問を続ける。

「わたし、はいつになったら、帰れますか…?」

呟くような、芹の言葉に、吸血鬼は返した。紅い目でこちらを見て。

「云っただろう。お前は珍味そうだし、俺は退屈しているんだ。」

だから、満足するまでいろ、それを読み取り芹はため息をついた。緊張はどこかへ飛んでいた。不安はいまだにあるが、とりあえず自分に危害を加えるつもりがないと分かり、安心したのだ。きっ、と吸血鬼に目を合わせ云った。

「失礼です、だいたい珍味ってなんなんですか。」

「そのままの意味だ。ヒトに食べ物のにおいがわかるのと同じだ。…さてはお前、誰かに恋をしたことがないだろう。」

「はぁ?!な、ななな、なんでそれを知ってるんですか?!って、何言ってるんです?!」

「あらあら、かわいい反応ねぇ。」

「何かに恋をしたり、経験が豊富な餌は旨い。その逆はなかなか居ないからな。珍味なんだよ。」

「ッ!」

餌って何よ、餌って!
芹がそう続けようとすると、ロザーリエの体が薄くなり始めた。
霧に戻ろうとしている。いや正確にはまた霧になろうとしている。

「じゃあ、あたしはお暇させていただくわね。じゃあね、かわいいお客様。」

お暇。ロザーリエが帰る。この男と二人きり?
芹はなんだか嫌な予感がした。
ふわっ、優しい風が一瞬拭いて芹が思わず目を閉じると、ロザーリエはもういなかった。かわりに、あの吸血鬼の、顔がものすごく近くにあった。たった一瞬なのに芹のすぐ近くまで来ている。身体能力はやはり異常に高いのだろう。吸血鬼は、何も云わず、芹を椅子に押し付けた。有無を言わせぬ力。だが芹は従う気はさらさらなかった。大隊この男は失礼すぎるのだ。人のことを餌だのなんだの。

「血を、吸うの。」

「…。」

芹の質問に男は答えなかった。だが、先ほどより深みを増した眼の紅が、答えを物語っていた。男の香水だろう。酔いそうなほど優しい香り。思わず流されそうになる。

「絶対に嫌。ずるい上に失礼!何よ、餌って!わたしはあんたの餌になるために生まれてきたんじゃないのよ!それにわたしは血を吸われて貧血になるっていうデメリットしかないじゃないバカ!」

「…っ。ははっ!この状況でこうまで云うのはお前が初めてだぞ。ああ、交換条件なら支払ってやる。いいか、俺たちに吸血されるのは、ものすごく快感なんだよ。」

囁くような、低い声。
艶やかさが増した眼。
流されるな流されるなわたし!

「いらないっつの!わたしは変態か何かじゃないのよ残念でしたー!」

せめてもの抵抗に云った言葉は空しく掻き消えた。

「それ以上生意気な真似をすると、量を調節できなくなるが。」

「しなくなるの、間違いでしょう!じゃあ名前。」

「は、」

「本名を、教えてよ。」

真剣さを込めた目で芹が視線を絡める。正直余裕なんてない、いまにも中てられそうな色香に流されそうだ。ぱっ、と思い浮かぶのが名前しかなかった自分の考えに呆れる。
男は口角を上げると、耳元でささやいた。

「いいだろう。俺の真名はヴァルトレード。そのあとは長いから以下略、だ。」





「さあ、食わせろ。」








次の日。ベットで跳ね起きた芹の首筋には、ひっかくような爪痕が残されていた。


爪痕が消えない


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