聞いたことのない梓の声が、不謹慎にも美しい、と思ってしまった。 梓の荒々しい罵声に混じって、男のすみません、という悲痛な声も聞こえた。 こんなに苦しそうに怒る梓の声は初めてだった。 中年の男は何もいわずに、ただただ謝罪を述べた。すみませんすみません、と。 今でもその声がリピートできるくらいに。
梓の声は、怒鳴り声から涙声になって、最後には掠れた叫びになっていた。 お父さんは梓を待合室から連れ出した。 中年の男はそのまま床に這い蹲ったまま動かなかったし、優一さんのご両親は涙を流していた。
わたしには分からなかった。
どうしてそんなに泣くのだろう。 まだ手術中で、彼は生きているというのに。
わたしは、あまりにも幼すぎた。
もう致死量の血液が彼の身体から抜け落ちていることになんて、考えもしなかった。
ぶつっ。
その時、赤いランプが切れる音がした。
『あ』
わたしが手術室にきたとき、丁度お医者様が出てきた。 お医者様はわたしに向かっていった。
『お亡くなりになられました』
亡くなった? 亡くなったって死んだってことだよね。 優一さんは死んだの?
何で? その言葉の冷たさに、死の無機質さに気づくには、わたしはあんまりにも幼すぎた。 愚かにも、わたしは廊下にいる梓に伝えに行った。
『梓、』
『何もいうな』
お父さんは待合室に戻っていたらしく、もういなかった。 廊下の窓から青天を見上げていた。 わたしは悠長に、梓のまつげだとか、空の青さだとかを真剣に見た。
『なんで、死んじゃったの』
その時の私は本当に愚かだ。 傷いている梓に悠々とそんなことをいうなんて。
『ッ知らねぇよ!…んなもん、俺が、知りたいくらい、だ、馬鹿ッ…』
途切れ途切れの言葉を吐いて、その場で梓は泣いた。
空の青さに吼える様に、
生きることの理不尽さに怒ったように。
泣いて
泣いて
泣いて。
その場に叫びしか聞こえないくらいの音量と質量で。
原型が何だか分からなくなるほどに。
わたしがその場で立ち竦んでしまう勢いで泣いた。
わたしはそれを、そんな梓を美しいと思った。
精一杯生きている感じが
哀しくて
きれいで、
ひたすら美しかった。
こんなにも何かを、誰かを慈しめる兄を、純粋に美しいと思った。 泣けないわたしと違って、とても透き通っているような気がしたから。 透明な輝きを纏っていたから。
咆哮最美
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