「榊、原?」

白井くんの声にハッ、と我に返る。

「ん、なんでもないよ、ただ…空がすっごくきれいだから」

「あ、」

「ね、きれいでしょう?」

「…俺、久しぶりに空を見た気がする」

「え?なんで?」

「なんか目の前のことにしか、眼がいってなくて、空みたの、いつぶりだろ…」

本当に感動してような白井くんが可愛く思えて、わたしはくすり、と笑った。
こんな顔して、空を見上げる白井くんなんて、わたしくらいしか知らないんだろうなあ。と思ったらちょっと優越感が沸いてきた。


「そう?わたしなんかは、空見るのが趣味っていえるほど、空しか見てない」

「だから榊原って透明なんだな」

「透、明…?」

透明?わたしが?
そんなこと初めて言われた。

「そう。お前って透き通ってる」

そうだろうか。彼はそんな風に捉えていてくれるのか。でも、

「…そんなこと、ないよ」

確かに、わたしは穏やかな性質だろうが、優しくはないし、汚いところだってある。
それに、わたしには、特技のような輝いているものを持っているわけではないのだ。
そんなわたしの何処をみて、透明なんて思ってくれたのだろう?

…分からない。
 
彼は、わたしの葛藤なんて全く気付かずに、

「あると思う。俺はそういうところ、尊敬するよ」

と続けた。

「白井くんが?」

「うん。…あのさ、その俺のことそんな万能人間みたく見ないでくれないか?その、…
ちょっと困る」

「あ、ごめん。白井くん、なんでもできるから、つい」

「…なんでも、出来る訳じゃねえよ」

また、あのどこか遠くを見るような眼をして、彼は言った。なんだか、彼を傷つけてしまったみたいだ。
傷付けてしまった上で申し訳ないのだが、その虚ろで憂鬱そうな瞳を美しいと思う。ごめんね。
わたしが謝る前に、白井君は指差した。

「ほら、着いたよ」

指差したのは、一般的なわたしの家。暖かいあかりが灯る家がわたしは大好きだ。

「あ、ほんとだ」

「今日はごめんな、遅くまで長話させて」

「ううん。楽しかったよ」

「そうか、良かった。じゃあ、また明日」

「うん、じゃあね」

ばいばい、と手を振って、家の中に入る。



…ちょっと名残惜しいのは内緒だ。


透明少女




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