真矢と別れてのんびり一人、夕方の道を歩く。なんとなく遠回りしたくなって、通りがかったのは子供の頃よく遊んだ公園。

狙ったような偶然とはこのことか。広場で一人黙々とボールを宙にあげるその姿に、私は足を止めた。


「…………懐かしいなあ」


音にならないくらいの声で呟いてポールに腰掛けながら、私には気が付いていない飛雄を眺める。子供の頃もこうしてぼーっと見てたっけ。

飛雄が楽しそうに、一生懸命ボールを触っている姿を見るのが好きだった。どうしてなのかわからないけれど、今でもなんとなくついつい目で追ってしまう。

飛雄が真剣に向き合ってるその“世界”に簡単に踏み込めないのはわかってた。それでもマネージャーになりたい、同じ高校に行きたいと願ったのは、見ていたいと思ったから。


「…………芸能人の追っかけか」

「千織」

「へっ!?」


やっぱりバレーをしている時の飛雄は、テレビの中の芸能人と似たようなものなのかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると、ふと影が差して名前を呼ばれたことに驚く。

慌てて顔を上げると、いつの間にか飛雄が私を見下ろしていた。


「あ、あれ?練習は?」

「暗くなってきたし腹減ったから帰る」

「あ、ほんとだ…。いつの間に夕日沈んじゃったんだろ」

「お前いつからここにいたんだよ…」


いつからだろう。もしかしたら一時間くらい経ってしまっているのかも。

薄暗い空を見上げた瞬間に、むずりとしてくしゃみが飛び出る。さすがに三月はまだまだ寒い。


「うう……手が冷たい。手貸して、飛雄」

「は?」

「寒い」

「…………」


むっすりと眉を寄せた飛雄が両手を差し出してくれる。あれからもう三か月。

飛雄は相変わらず何もなかったと思わせるくらい変わらない態度で、私もなるべく今まで通りを心がけてきた。だけどもう、そういうわけにもいかない。

約束していた、受験は終わってしまった。ちゃんと答えを出さなくちゃ。


「つめてえ」

「うん」

「…おい、千織」

「わかってるから」


何が。自分で言っておきながら自分で問い掛けて。

小さく息を吸って、吐きながら、少しぎこちなさを感じる手の中の温もりを確かめる。子供の頃よりずっと大きく硬くなって、バレーボールのために爪の先まで綺麗に整えられた両手。


“いつでも千織の世界の中心は、影山くんじゃん”


あの時の言葉で、私の中で完全に“ただの幼馴染”という言葉が砕け散っていた。私はずっと飛雄のことが幼馴染として大事で、飛雄もそう思ってくれてると思ってた。

そうだといいなと思ってた。だけど、本当は。

飛雄の世界の中心はバレーボールで、他のことにはほとんど興味がなくて。だから心のどこかで、私がいなくても飛雄は気にしないんじゃないかと思ってた。

子供の頃からずっと一緒にいるのは私が見ているからで、私が追いかけたからで。きっとそれをやめたら、簡単に飛雄は遠くに行ってしまうんだと――。


「……はああああああああ」

「なんだよそのでかい溜息」

「色々呆れてる。自分に」

「はあ?」


当たり前すぎて気が付かなかった。私の世界は確かにいつでも飛雄が中心だった。

バレーをしているところを見るのが好き。人間関係絶望的だけれど、それでもバレーに真剣に向き合ってるところが好き。

バレーに夢中になりすぎて私の存在を忘れられてるときもあった。子供の頃はそんなところが悲しかったし、今でもちょっとそういうことがあると仕方ないかと諦めつつ拗ねてみたりしていたけれど。

今みたいに私に気が付くとすぐに来てくれるところが。寒いと言ったら手を素直に差し出してくれるところも。不器用だけれど優しいところだとか、呆れて溜息がでるほど馬鹿なところも。

全部全部全部。本当は、当たり前のように。


「……飛雄、しゃがんで」

「は?なんで」

「顔を上げたら心臓が口から出る」

「どういうことだよ…」


ぼやきながらも素直に私の前にしゃがみ込む飛雄。だけどすぐには顔を見れなくて、視線を地面に向ける。

言え。頑張れ。

自分に鼓舞を送るたびに鼓動が体内に響いて呼吸が苦しくなる。あれだけ冷たくなっていたはずの手も、もう飛雄の体温と交じり合ってわからない。

もう、待たせるな。


「飛雄、あ、あのね――」


思い切って息を吸い、視線を地面から上にあげる。戸惑いとぎこちなさの滲む飛雄の瞳に、今まで見たことのないような表情の私が映った気がした。

終止符。そして

20190711

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