「影山くん、可哀想」
ようやく無事受験が終わって、あとは結果を待つだけとなった日曜日。久々に羽根を伸ばそうと真矢と二人で訪れたファストフード店で、いくら考えても答えが出なかった問題をかくがくしかじかと打ち明けると。
返ってきたのは、氷より冷たい親友の視線だった。
「受験勉強の方が大事って待たされるなんて、フラれるより可哀想」
「ほ、ほんとに悪いとは思ってるんだけど、どうしたらいいかわかんなくて」
「あー。まあ、こうなるんじゃないかとはちょっと思ってたけど…」
意味深に呟いてジュースを飲む真矢をちらりと見ながら、溜息を吐く。私だって一応、受験勉強ばかりに集中して飛雄のことをおざなりにしていたわけじゃない。
あまり縁がなかった少女漫画を読んでみたり、恋愛ドラマを見てみたりしたけれど。やっぱり現実とは違うと感じてしまうというか、いまいちピンとくるものはなかった。
「ていうかさ、千織は高校どこ受けたの」
「うん?白鳥沢と烏野だけど」
「なんで」
「え…飛雄がそこ受けるって言うから。まあ、白鳥沢は…厳しいと思うから九割烏野かなあ。真矢は――」
「もう答えじゃん!!」
真矢がコップをトレイの上にバンっと置いて私の言葉を遮る。驚きながらも首を傾げる。
「な、何の答え?」
「影山くんのこと好きじゃん!何回も言ってるけどさ、普通好きでもない人と同じ学校行こうなんてならないよ?」
「でも、それはそういうのじゃなくて」
「わかったわかった、千織の気持ちはとりあえず置いておこう」
この問答自体は何度も繰り返してきたことだ。やれやれと首を振った真矢が、目を細めて少しテーブルから身を乗り出してくる。
「影山くんの気持ち、考えてみなよ」
「飛雄の気持ち?」
「好きな子が自分と同じ学校に行くって言ってくれるのって、チョー期待するじゃん!それでフラれてみなよ、同じ部活とか地獄だと思わない?」
「え…………」
飛雄は私が別の学校に行こうが、同じ学校でマネージャーやろうが、気にしない性格だと勝手に思い込んでいたけれど。それはあくまで“ただの幼馴染”だったらの話なのかもしれない。
飛雄がそうじゃないと分かった今、真矢の言ってることが正しい可能性だって十分あり得るわけで。“あの”前だって後だって、私の進路に何か言ってきたことはなかったけれども。
「もう受験終わっちゃったよ!!」
「振るの?」
「いや、そういうわけじゃ、でも、わ、わかんない…」
「はー……」
ぐるぐる頭の中も胃の中も回ってる気がする。もごもごと口ごもる私に重い溜息が降りかかる。
好きって何。ずっと頭にあるのはそればっかりだ。
「そもそもさ、なんで影山くんにはただの幼馴染だと思ってるって言えなかったの?」
「だって…わかんなかったし…。それ本人に言うのは傷付けると思ったから……」
「そんなの遅かれ早かれじゃん。いつもは誰に茶化されても、ただの幼馴染って即答するくせに」
「う…そう、なんだけど……」
「結局、千織は自分でブレーキかけてるうちにわかんなくなっちゃったんじゃないのかなあ」
「ブレーキ?」
どういう意味だろう。首を傾げれば、真矢はポテトを咥えながら言葉に迷うように小さく唸る。
「んー。ほら、影山くんってバレーボール一筋っていうか、他のことには興味ありませんって感じじゃん」
「うん」
「だからさ、私らからしたらちょっとイケメンだよねとかスポーツできるってかっこいいよねってなっても、なかなか好きにはなれないんだよね」
「コミュ力ないから?」
「そうじゃなくて。いや、それもあるけども。なんていうか、女子に興味なさすぎて好きになってもらえなさそうっていうか」
「はあ」
「両想いになれる可能性が限りなく低いと、芸能人的な憧れはあっても、それ以上はブレーキかけちゃうよねって話。最初から片思いで終わるってわかってるのに好きになっても、傷付くだけだもん」
「………………」
なんとなくその言葉が胸に突き刺さった。好きな芸能人がいたことはないけれど、テレビの向こうの世界の人間を好きだと思っても好かれたいだとは思わない。
手の届かない遠い世界の人。私にとって、バレーをしている時の飛雄はそれに少し近い気がした。
流石に芸能人みたいに、飛雄に好かれたいと思わないなんて思ったことはないし、今までは少なくとも幼馴染としては好かれてるとは思っていたけれど。でも、バレーボールに勝てる日は絶対に来ないと思ってた。
それが真矢のいうブレーキに近い意味なのかもしれない。別に幼馴染として違う意味で好かれてるって知った今でも、バレーに勝ててるとは思ってないけど。
でも―――…。
「千織は幼馴染の分、それが人一倍強いのかなって私は勝手に思ってた。だから影山くんに告白されて、ブレーキかけなくていいんだ、好きでもいいんだっていう状況に戸惑って答えが出せなくなったんじゃないの」
「……真矢は、私が飛雄のこと好きだと思う?」
「散々茶化しといてなんだけど、それは千織自身じゃないと出せない答えだよね。でも――…」
いつものように『好きじゃん!』って言うこともなく。ドリンクカップの水滴を意味もなく指でなぞりながら、真矢がふと笑った。
「いつでも千織の世界の中心は、影山くんじゃん」
世界の中心
20190710