「柚野―、雪結構降ってきたから早めに帰れよー」

「はーい!」


放課後の教室に残って勉強していると、先生に声を掛けられて片手をあげながら返事をする。窓の外を見るとさっきは舞うようだった雪が、景色を白く染め始めていた。

このままいけば明日の朝は雪が積もっているかもしれない。筆箱と問題集を鞄にしまうと、教室の電気を消して私は廊下に出た。


「はー…さむい……」


赤のマフラーをぐるぐると巻きながら首を縮めて息を吐く。窓からなんとなく体育館に視線を向けると、懐かしさを感じるオレンジ色の光。

高校になってもバレーを続ける奴はレギュラーならほぼ青葉城西で決まりだし、何人かは今でもあそこで練習しているかもしれない。飛雄は城西には行かないと言っているし、白鳥沢からの声はかからなかったから、私と同じ一般入試組だ。

部活を引退してから、飛雄とはクラスも違うからあんまり話す機会もない。成績とか成績とか成績とか大丈夫なのかって心配なんだけれど。


「――――千織」


頭に浮かんでいた人の声に呼ばれて振り返ると、ちょうど教室から飛雄が出て来るところだった。この教室、三年生用の自習室だったはずだけど。


「飛雄が…自習……っ!?」

「二度見すんな」

「だって飛雄が自習室に行くなんて思わないじゃん」

「担任にそろそろちょっとやばいぞって呼び出された」

「ああ…なるほど……」


不安はやっぱり的中していたわけか。珍しく疲れた顔をした飛雄を呆れながらも見上げる。

疲れた顔をしているってことはちゃんと勉強はしたってことだ。それでもさすがに白鳥沢は、多分、うん、ね。


「お前も今帰るとこか?」

「うん。結構雪降ってきたから早めに帰れって」


灰色の空を見上げながら正門を抜けたところで、風がスカートの下を通り抜けて思わず体を強張らせる。


「あーもー!さむーい!」

「ジャージ履けよ」

「まだ早い気がして!」

「はあ?」


部活やってたときはジャージ毎日持ってきてたし、スカートの下に履いたりしてたけど。やっぱり可愛くないしギリギリまでは素足のままでいたいっていうのは、女子としてのプライドだ。

飛雄にはわかんないと思うけど。ていうか女心がわかる飛雄とかイヤだ。


「寒い寒い言ってる方が気になるだろ」

「寒さとギリギリまで戦ってたいの」

「どう見ても負けてんじゃねーか。風邪引くぞ」

「しょうがないじゃん、ここまで寒くなると思ってなかったんだもん。それとも飛雄が制服交換してくれるの?」

「するか!―――あ、」


飛雄の小言を聞き流していると、何かを思い出したように声の勢いが落ちる。そのまま鞄をごそごそと漁り始める飛雄。

なんだろうと首を傾げていると「あった」と小さな呟きが聞こえた。


「どうしたの?」

「母さんからお前に渡せって言われてたの、忘れてた」

「え、なに?」

「先週どっか旅行に行ってた土産」

「えー!なんだろう!」


飛雄から受け取った袋は両手に収まるくらいの大きさだけれど、見た目のわりに重みがある。一度手袋を外して包装を解くと、わくわくしながら中身を取り出した。


「―――あ!」


小さくて可愛い小瓶。その中に詰まったのは、私の大好きなもの。


「金平糖!」

「ああ。そういえば千織、昔から好きだったな」

「うん!大好きっ!」


白、ピンク、オレンジ、黄、緑。カラフルなそれを見つめるだけで満面の笑みが浮かぶ。

早く食べたい、でも食べるのが勿体ない。こんなに悩ませるなんて、本当に罪なお菓子。


「今日、飛雄の家に寄ってから帰るね。お礼言わなくちゃ」

「………………」

「あれ?飛雄?」


ふと気が付けば隣に飛雄がいなくて、数歩後ろで立ち止まっていることに驚く。今度はどうしたのかと道を戻れば、何故か変に硬直した表情で私を見ている飛雄。

え、なに、どうしたの。私何か変なこと言ったっけ。


「…ぼーっとしてどうしたの?」

「あ…いや…不意打ち喰らってびびった…」

「不意打ち?」


私が見てないところで雪玉でも飛んできたのだろうか。きょろきょろと辺りを見回すけれど、まだ道路が白くなりつつある程度で雪合戦している子供なんているわけもなくて。

不意打ちってなんのことだろう。ますます首を傾げながら飛雄を見上げると、その顔が変に赤いことに気が付く。


「もしかして風邪引いてる?なんか変だよ」

「は、」

「顔真っ赤だし。熱あるんじゃ……」


必要なこととはいえ勉強なんて慣れないことするから、頭がオーバーヒートしたのかもしれない。思わず額に手を伸ばそうとすれば、びくりと跳ねた飛雄に手首を掴まれる。

手袋を外して冷えたからだろか、それともやっぱり風邪なのだろうか。むすりと眉間を寄せた飛雄の手のひらが、熱い気がする。


「だ、だいじょうぶ?」

「別に風邪なんて引いてねえから」

「でも、」

「ただ……あれだ、千織が、笑うから」

「はい?」

「最近、お前の溜息とか不安そうな顔しか見てない気がしてた」

「え、あ、そ、そう?」


いきなりなんの話だろう。戸惑いながらも飛雄の言葉を頭の中で噛み砕いていく。

確かに最後の試合があんな形で終わってしまったから不安もあったし、飛雄の成績は心配だった。だからもしかしたら顔を合わせるたび、そんな表情ばかりしていたかもしれない。

あの件の影響で、私の顔色まで気にしていたのだろうか。飛雄の傷の重さを考えると、私の方が無神経だったかもしれないとショックを受ける。


「ご、ごめん、そんなつもりはなかったんだけど」

「……さっき、久々にすげえ笑ったの見たから」

「う、うん。金平糖、嬉しくて、えへへ…」


申し訳なさと照れ隠し半々で笑えば、なぜか飛雄の眉間の皺が深くなった気がした。手首を掴む力が強くなったのは、どうして―――。


「千織のことが好きだ」


どうして、そんなに苦しそうな顔をしてるんだろう。言われた言葉をうまく理解できずに呆然と飛雄を見上げる私の頭の中で、幼馴染という単語がひび割れた。

私の知らない君

20190707

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