午前10時55分。目覚まし時計を見た瞬間、俺は今までにない勢いで飛び起きた。
「………やってもた」
今日は部活動は休み。けど幼馴染のなまえと映画を見る約束をして、11時に駅前に待ち合わせのはずだった。
10時56分。あと4分。あかん。どこでもドアでもない限り無理や。
≪―――――もしもし、信介?どしたん?≫
「悪いなまえ、寝坊してもた」
≪え、ええ?え?信介が?信介が寝坊したん?≫
「他に誰がおるねん。今起きたとこや」
スマホを耳に押し当てたまま、急いでズボンを片足ずつ抜いていく。受話器の向こうではあたふたと慌てた声をあげるなまえ。
≪信介が寝坊なんてどしたん?体調でも悪いん?≫
「体調は悪ない。ただ目覚ましセットし忘れて寝過ごしたんや」
≪いつも目覚ましより先に目覚めるのに?ていうかセットし忘れるとか信介でもあるんやね…≫
ほえーと間の抜けた声が聞こえてくる。あかん、電話しながら着替えるの難しいわ。
いったんスマホを机の上に置いて、上だけさっさと着替えを済ます。再び耳に受話器を押し当てれば、なまえまだ体調がどうとか疲れがどうとか話している。
「いつもより長く寝たから疲れもなんもないわ。それより映画、間に合うよな?」
≪うん、12時半からやから昼ご飯食べる時間もあると思うよ≫
「今から走っていくからあと10分だけ待っとって。ほんま初デートで寝坊とかありえんわ……」
≪は…っ!!≫
なまえの裏返った声を最後に通話終了ボタンを押して、スマホと財布をポケットに突っ込む。靴を履きながらふと自分の発言を思い返して、俺はぽつりと思わず呟いた。
「…………そうか。俺、緊張しとったんか」
ずっと幼馴染の関係でしかなかったなまえに告白し、良い返事をもらえたのが2週間前のこと。幼馴染として彼女と出かけることは数えきれない程あったが、恋人として出かけるのは今日が初めてだった。
いつも通りの自分でいるつもりだった。緊張なんてひとつもしないと思っていたけれど。
「いってきます」
ちゃんと挨拶をして。ちゃんと家の鍵を閉めて、もう一度確認する。いつも通りのこと。
だけど駅で待っているのはいつもの彼女じゃない。走って向かうのも、いつもの自分ではない。
「はー…緊張するわ」
思わず頬を緩めながら空を見上げて呟く。頭の中は駅前で待つ彼女のことでいっぱいだった。
幸せな失敗
20180520