人ってすぐに噂したがる。
本人たちの意思なんて聞かずに僅かな情報だけで妄想を膨らまして、それが人を伝えば伝うほどまるで妄想が真実のように変わっていく。めんどくさい。
「なまえっ、隣のクラスの東峰くんと付き合ってるんだって!?何で教えてくれなかったのー」
「またその話…。付き合ってないってば」
「でも一緒に映画館いるの見たって子いるぞ。隠すなよー!」
にこにこと笑いながら私の肩を小突くトモダチに、深く溜息を吐く。なんで本人が否定してるのに、他の人の話を真実だと思うのか。
別に東峰のことは好きでも嫌いでもないというか、正直あの日までよく知らなかった。高3には見えない強面で有名だなってことくらい。
それがなんで一緒に映画館にいたのかって何度も聞かれるたびに説明してるけれど、そんなのたまたまだ。
『あれ…………みょうじ?』
一人で好きな映画を見ようと思って券売所に並んでるところを、偶然東峰と出くわしただけ。私は見たい映画の趣味が合う子がいなくて一人、向こうは一緒に行く予定だった部活の友達が急に行けなくなって前売り券が無駄になるからと一人で来ていて。
たまたま東峰が持っていた前売り券が、私が見たい映画だったから。だから一緒に見ただけなんだけど、なぁ。
『一枚無駄にならなくてよかったよ。ありがとな、みょうじ』
別にお礼を言われることじゃないし、むしろこっちがお礼を言うくらいなのに。ヒゲ面強面のくせに、ふにゃって優しく笑うとこが妙に印象に残った。
『東峰って、案外かわいいんだね』
『えっ!?!?』
もっと怖い人かと思ってたのに。思わず笑ってそう言えば、東峰はショックを受けたような顔になったりホッと息を吐いたり赤面したり慌てたりとなんだか表情が忙しくなっていた。
ああいうのをギャップ萌えっていうのかな。もうちょっとどんな人なのか知ってみたかっ―――。
「なまえなまえ、噂をすれば東峰くん来たよっ」
「え、」
さすがに驚いて教室の扉の方を見れば、猫背でこちらを見る東峰と目が合った。何の用だろうと不思議に思いながらも席を立って、教室から少し離れたところで見上げれば心なしか彼の顔色が青い。
「ど、どしたの東峰」
「そ、その、みょうじに謝らなきゃって思って」
「え?」
「お、おお俺のせいで変な噂話になって、ごめん…!」
こんなつもりじゃなかったのに迷惑だよな、と謝る東峰をぽかんと見上げて。その今にも吐きそうな表情に、思わず私は笑ってしまっていた。
「あ、あははははは!」
「!?」
「世界が終わるみたいな顔してどうしたのかと思えば…っ、あはははっ!」
「だ、だってさあ!?」
あー、笑った笑った。驚いて戸惑う東峰に、私はことりと首を傾げる。
「私も、謝ったほうがいい?変な噂で迷惑かけてごめんって」
「いやっ、俺は全然気にしてないっていうか、むしろみょうじが困るだろって」
「まああれこれ聞かれるのは鬱陶しいけど、東峰が悪いわけじゃないし」
「でもやっぱりもうちょっとこうなること、気にしてればよかったよな…」
「ふーん…。じゃあまた面白そうな映画があれば誘おうかなって思ってんだけど……迷惑?」
いや、それは全然迷惑じゃないけど。慌てたようにぶんぶんと両手を振る東峰に、私は笑みを浮かべたまま小さく小さく息を吐く。
困ったなあ。所詮、本人の意思を無視した噂話だって思ってたのに。
動き始めた自分の心を自覚して、どうしたものかと思っていると鳴り響く始業のチャイム。教室に戻ろうとする東峰の背中に、私は言葉を投げつけた。
「噂が本当になっても、私はいいんだけどな」
その言葉に彼がどんな顔をしたのか見ることなく、私は教室の扉をあけた。案外、噂話も悪くないかもしれない。
噂話と肉食女子
20180424