「蛍ちゃんごめんね、買い物付き合ってもらっちゃって」


夕暮れ時のホームで電車を待っていると、僕を見上げてへらりと笑うなまえ。せっかくの休みの日にわざわざ出掛けるはめになったのは、彼女が自分の兄に誕生日プレゼントを買いたいのだが何がいいかわからないと相談してきたことがきっかけだった。


「別に。あれだけしつこくお願いされたら仕方ないでしょ」

「えへへ、ありがとう。おかげでいいものが買えたよ」


ほんの少しの皮肉も彼女には全く通じない。これならきっとお兄ちゃん喜んでくれるよ、となまえは言うけれどそんなこと僕にとっては興味のないことだ。

僕と彼女の間、拳1つ分の隙間に秋の冷たい風が吹き抜ける。それにふるりと体を震わせたなまえが薄手のカーディガンの前を引き寄せた。


「さむーい…」

「そんな薄着じゃ当然だろ」

「だって昼間は暑かったんだもん」


むぅと唇を尖らせたなまえが困ったように駅の時計を見上げると、ちょうど電車の到着を告げる音楽が流れ始める。数秒後電車がホームに入ってくると、電車が巻き起こす風を避けるようになまえは僕の後ろに隠れた。


「ちょっと…僕を風避けにするなんていい度胸だよね」

「だって蛍ちゃん大きいし。ちょっと横幅足りないけど」

「なまえは横幅あるからはみ出るってことか」

「そ、そんなことないから!」


たぶん、と小さな声で付け加えたなまえがそっと自分のお腹に手を当てている。それを横目で見てから先に電車に乗り込めば、慌てて追いかけてくるなまえ。

座席がちょうど2人分ほど空いたところに座れば、なまえが左隣に座る。静かに動き始めた電車の窓から見える空は、もう茜色より夜の部分の方が大きくなっていた。


「電車、ちょっとだけ混んでるね。座れてよかった」

「そうだね」


ガタンガタンと揺れる電車は少しだけ眠気を誘う。それを振り払うかのように少しだけ大きく息を吐けば、隣でなまえがぐらぐら揺れていることに気付いた。

寝そうになって、少し横に揺れてハッと目を開く。そしてまたその繰り返し。

そこまで眠いなら寝ればいいのに。そんなことを思っていると、電車の揺れに合わせて傾いたのか彼女が僕とは反対側へと大きく揺れる。


「……すみません」


なんで僕が謝らなきゃいけないんだ。そう思いながらもなまえがもたれかかってしまった女性に口の動きでそう告げると、なまえの頭を引き寄せる。

真っ直ぐの位置にするか、それとも。迷った挙句になまえの頭があまりに不安定すぎて、仕方なく僕の肩にもたれかけさせる。


「んぅ……?」


さすがに気付いたのか小さく呻くなまえ。その反応でぴくりと肩が揺れてしまったことに舌打ちしそうになりながら、僕はため息を吐いた。


「……眠いならそのまま寝てなよ」

「ん………」


気が抜けたのか、なまえの大したことない重みが僕の肩にかかってくる。あまりに近すぎるからか、彼女が少し動くたびに否が応でも跳ねてしまう心臓。

意識してしまう自分から目を逸らすように、僕は強く目を閉じた。


鈍行列車
(心臓だけが少し早い)


20141019

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