甘い香りとどこか浮ついた空気が漂う教室。女子に囲まれてきゃっきゃっとはしゃぐクソ川を横目に、俺は重い息を吐き出した。
「及川くん、私のも受け取ってくれる?」
「もちろん、ありがとう」
へらへらしやがってうぜえ。女子たちの手に握られているのは先程の調理実習で作ったらしいカップケーキだ。
しばらくあいつは解放されそうにないし先に部活行くか。少しのイヤな予感を覚えながら荷物を持って廊下に出る、と。
「あの、岩泉くん」
ほーら来た。直接及川に渡す勇気のない女子が俺を配達係にしようとする。
振り返れば同じクラスのみょうじがぎこちない態度で立っていた。呼び止めたのが彼女だとわかり、少なからずショックを受けている自分に舌打ちしたくなる。
「みょうじ、なんだ?」
「あの…これ…」
俯き加減の彼女が手にしているのは、やはりカップケーキの包まれた袋で。時々バレー部の練習や試合の応援に来ているのは知っていたから、薄々勘付いてはいたけれど。
先月隣の席で少し話して気になったりしていたのに。そこそこ仲良くなってしまったからこそ、こういうことになってんのか。
「悪い、そういうのはちょっと困る」
「あ……」
あいつに渡すくらいならミジンコレベルの勇気でももったいないくらいだぜ。心の中でぼやきながら断れば、みょうじの瞳に落胆の色が宿る。
しゅんと俯く様子に罪悪感はわくけれど、落ち込みたいのは俺だって一緒だ。あとで及川にボールぶつけようそうしよう。
「ご、ごめんね…」
「いや、俺の方こそ悪いな」
「ううん。岩泉くん、甘いもの苦手なの?」
「は?いや、そういうわけじゃ…」
俺の話はどうでもよくないか?ひっかかりを覚えながら答えると、眉尻を下げながら首を傾げるみょうじ。
「そっか…手作りとかもらっても困るもんね…」
「俺はもらえたら嬉しいけど…多分…」
「えっ」
ガンッとショックを受けた様子のみょうじにますます首を傾げる。何かがおかしい。
まさか、と1つの想像が頭をよぎる。いや、まさかだろ。
期待するな。期待するなよ岩泉一。
「…あのさ、違ってたら悪い」
「なに…?」
「それ、もしかして俺にだったりするのか?」
これで誤解だったら死ぬほどハズい。二度とみょうじの顔を見れなくなる。
試合とはまた違った緊張に背筋を強張らせて尋ねれば、みょうじは目を丸くした。ぱちぱちとまばたきをするとこくりと一つ頷く。
「そ、そうだよ…?他に誰が…」
「っ、マジで悪い!勘違いした!!」
あんのクソ川が!頭のどこかでそれは八つ当たりじゃないのと叫ぶ声がしたが無視だ。
戸惑った様子で手に持ったそれと俺を交互に見るみょうじに一歩近付く。
「みょうじ、それもらってもいいか」
「も、もらってくれるの?さっき困るって…」
「それは、その…及川に渡してくれってことかと誤解したんだよ」
くしゃりと前髪を掴んで吐き出せば、みょうじがふわりと微笑んだ。どきりと弾んだ心臓は気のせいなんかじゃない。
「及川くん、モテるもんね」
「女子はああいうのがかっこいいと思うらしいな」
「ふふ。私は岩泉くんの方がかっこいいと思うよ」
ぶわっと顔に熱がのぼる。みょうじはふわふわと笑って特に意識してないかもしれないけど、期待するなって方が無理だろこれは。
「今日も部活頑張ってね」
「…おう。ありがとな」
カップケーキの入った袋が手渡された瞬間、僅かに触れた指先に息が止まる。今日ならどこぞの超高校級エースに負けないスパイクを打てるような気がした。
触れた指先にうずく熱
(岩ちゃん青春してたねぇ)
(お前今日レシーブ1時間な)
(なんで!?)
20140519
こうめちゃんに捧げます!