昔からユーリと僕は正反対だとよく言われる。問題児のユーリと優等生の僕。本能的なユーリと理性的な僕。料理が上手なユーリと壊滅的な僕。

最後のはともかくとして、僕自身も頷く部分もある。だってユーリみたいに考えるより先に行動していたら、何度牢屋に放り込まれていたかわからない。

だけど昔から僕らをよく知る下町のみんなや、もう一人の幼馴染からすれば『どっちもどっちの似た者同士』らしい。


「ふ、れん……?」


ああ、確かにそうかもしれない。こういう、体が勝手に動いてしまうところとか。

もう一人の幼馴染、ナマエのぽかんとした表情を見下ろしながらそんなことを考える。なんだい、と尋ねれば彼女は困惑気味に瞳を左右に揺らして、眉の間に薄く皺を刻んだ。


「なんだいって、こっちが聞きたいんだけど…っ」

「うん?」

「い、いま!何したかわかってるの…!?」

「何って……キス、だね」


他にはまだ何もしていない。ナマエの問い掛けに対して思い当たるたった一つの答えを口にすれば、彼女の表情はますます困惑に揺れる。

それも仕方ないだろう。僕と彼女は恋人じゃなくて幼馴染でしかないんだし、愛を告げた記憶もない。

わなわなと震える、ナマエの柔らかくふっくらとした桃色の唇。何か言いたくて、でもうまく言葉が出てこないのだろう。


「な、なんで、」

「えと……我慢できなくなったから?」

「が、が、がまんって」


本当はその瞬間は何も考えてなくて、体が勝手に動いただけなんだけど。突き詰めればそういうことなんだと思う。

――――今日は珍しく夜遅くなる前に仕事が終わったから、二週間ぶりに下町の様子を見に降りた。部下から報告は受けていたけれど、特に大きな問題もなく、ほっと息を吐く。

それからナマエの家の前を通ると部屋の明かりが付いているのが見えた。夜になってから女性の部屋を訪れるのは、と迷いながらも欲求に負けて扉を叩くと笑顔のナマエが出迎えてくれて。

『ちょうどご飯作るところだったから、良かったら食べていってよ』という誘いに、僕の中で断る選択肢なんてなかった。部屋に一歩踏み入れた瞬間から、ぐるぐるとお腹は鳴っていて。

そして冷蔵庫の扉に手を掛けながら『フレン、何食べたい?』と振り返った彼女に、つい体が動いてしまったんだ。


「ナマエがあんまりにも可愛い顔をするから、我慢できなくなったんだ」

「な、え、は…!?」


ほら、またそんな可愛い顔をする。さっきまでのぽかん顔から一転、蒸気が出るんじゃないかと思う位に赤くなるナマエ。

思わず一歩踏み込めば、おそらく反射的にぴたりと冷蔵庫に背中を引っ付ける彼女のその仕草に喉が鳴る。そんな風に逃げられれば、追いかけて追い詰めたくなるのに。

彼女を囲うように両腕を突けば、僕を見上げる真っ赤な顔に影が落ちる。ああ、可愛い。


「や、やめてよ、私たち幼馴染でしょ!?」

「うん。でもユーリとは違うよね」

「何が!?」

「知ってるんだよ。ナマエはユーリを部屋に入れないし、入らないって」

「だ、だって幼馴染っていっても、一応そういうのはちゃんとしないといけないじゃない!」

「じゃあなんで僕は入れてくれたんだい?」

「え、あ…そ、それは………っ」


語るに落ちるって、こういうことだよね。今にも泣きだしそうに瞳を潤ませるナマエがどうしようもなく愛おしくて、くすくすと笑いが込み上げて肩が揺れる。

部屋の扉をノックした時にはこんなこと全然考えていなかったのに。ただ彼女の顔を見て安心して、癒されたかった。

その先の関係に踏み込むのは、今度一日ゆっくり休みを取れる時に贈り物を用意してって考えていたのに。今は僕の胸に両手を押し当て突き放そうとする彼女に、ぐるぐると音が鳴る。

ああ、なんだっけ。僕は、理性的な、優等生?


「も、もう、フレン!お腹空いてるんでしょ!」

「ああ、もう腹ペコだよ」

「だ、だから……っ」


今更誤魔化すことも、なかったことにもできるはずがないのに。力の入っていない彼女の両手首を捕らえて、もう一歩足を踏み込む。

びくりと震える、僕よりずっと小さくて細くて柔らかい体。浅く呼吸を繰り返す艶やかな唇。薔薇色に染まった頬と、濡れた宝石のように輝く瞳。


「ナマエ、おいしそうだね」


もう、食べてもいいだろう?


僕は腹ぺこ

20190216

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