※台詞リクSSS 成人済/生存if



ピンポンピンポンピンポン。深夜にしつこく連打されるチャイム。苛立ちながら勢い良く扉を開けた私は、反射的に怒鳴りかけた口をぐっと閉じた。


「きちゃった」


インターホン横の壁に寄り掛かりながら私を見下ろし、にっこりと笑ったのは恋人の夏油傑。いつになく上機嫌ににこにこと笑う傑だが、いつになく顔が赤い。そして酒臭い。五条や硝子、後輩らと飲みに行くとは聞いていたけれど珍しくかなり飲んだようだ。ちなみに私は決してハブられたわけではなく明日早いのでお断わりした。ちくしょう。


「なんでそんなに酔ってるの…」

「んー?君が可愛いから?」


答えになってない。そして恥ずかしいことを言うな。そう言いたいところだけれど酔っ払いとまともに会話をしようとするだけ無駄だ。溜息を吐いて傑の腕を緩く引く。


「ほら早く入って」

「いいの?なまえの顔だけ見れたら良かったんだけどなあ」

「嘘ばっかり……」


玄関を跨ぐ傑の周りに一瞬音符やら小さな花が飛ぶ幻覚が見えた。いそいそと靴を脱いでいる間も鼻唄でも歌い出しそうなくらい上機嫌だ。おかしいな、そこそこ見た目のガラが悪い恋人が可愛く見える。幻覚を振り払うように眉間を揉み解しながら私は玄関の鍵を閉めてチェーンをかけた。


「傑、今日はこのまま大人しく寝てね。明日は私、任務で朝早いから」

「ん…お風呂だけ借りてもいいかい?」

「明日にしたら?そんなんじゃ湯船で寝ちゃうわよ」

「じゃあ一緒に入ってくれる?」

「話聞いてた?」


じゃあって何。やや覚束ない足取りで廊下を進む傑の広い背にぬるい眼差しを向ける。この様子ならベッドに入っておやすみ三秒だろうし、とりあえず明日は合鍵だけ預けておいたら問題ないはず。そんなことを考えていた時だった。寝室まであと数歩というところで、傑の頭がかくりと揺れて身体が傾ぐ。


「あぶな……ぎゃっ!!」


咄嗟に腕を伸ばすと何故かぐわんと視界が回る。受け身も取れずにゴチンッとフローリングにぶつけた後頭部が痛い。涙の滲む目で私を巻き込み転んだ――――のではなく私を床に押し倒した確信犯を睨みつけると、彼はくつくつと可笑しそうに笑った。


「すごい悲鳴。大丈夫?」

「誰のせい…ッ!」


酔っ払いといえど傑相手に呪力で身を守るなんて発想すらあるわけもない。コレ絶対たんこぶできた。酔いが醒めたら覚えてろ。私が報復を誓っているのを知ってか知らずか、傑は片手で私の腕を拘束したまま怪しい動きを見せ始めた。


「………傑さん、何をするおつもりですか?」

「恋人がベッドですることなんて一つだろう?」

「ここは床よ!天誅!!」


これだから酔っ払いはイヤなんだ。明日の我が身の為に思い切り股間を蹴り上げてやろうとすると、予想していたように太腿を押さえつけられる。顔を引き攣らせながら見上げた先には、素敵な笑顔を浮かべて私の太腿を撫でる傑。彼の片手に纏められた両腕に必死に力を込めるけれど、床から一ミリとて浮きもしない。


「それで拒否してるつもりかい?可愛いね」


めちゃくちゃ全力だわこのゴリラ!そう叫びたかったけれどさすがにここで煽るのは良くないと経験が告げていた。これだから酔っ払いはイヤなんだ。何度目かのぼやきを心の中で繰り返しながら、ぐったりと力を抜く。嬉しそうに顔を近付けてくる恋人。長い黒髪が妙に色っぽくさらりと落ちて頬に触れる。さよなら元気だったはずの明日の私。諦めて瞼を閉じる。傑の吐息が、耳に触れた。


「…………すー…すー……」

「……………………………」


耳に触れる吐息。というより寝息。力の抜け落ちた傑の体重が私の全身に伸し掛かってくる。重い重い重い。潰れる。息を確保するに必死である。だからイヤだったんだ。毎回、毎回毎回毎回こうなるから!


「ぐ………っ!」


必死に傑の手を引き剥がそうともがくこと三十分。汗だくでなんとか片手を自由にすると、その手を傑のポケットに突っ込む。そのまま携帯を引きずり出すと、極端に動きの制限された首を動かしながら私は彼の携帯を操作してメール画面を開いた。宛先は今回おそらくこの事態を予測していたであろう某親友である。明日の任務は掛け布団が重すぎて行けそうにない。代打よろしく、と。送信ボタンを押して私はぐったりと力を抜いた。朝まで体の感覚残ってるといいんだけど。


20210611

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