「私はじゅれいが見えるんだ」


突然の彼氏のカミングアウトに、私はポテチを口に放りかけていた手を止めた。けれどそれも一瞬のことですぐに口に入れてバリバリと噛み砕く。傑はいきなり何を言い出すんだろう。

傑とは小学校1年の時のクラスメイトで、私は東京への引っ越しで転校したけれども高校1年の時に偶然再会したことがきっかけで付き合いが始まった。なんやかんやで彼氏彼女になってからもうすぐ3年になる。

両親は仕事で海外を飛び回っているから、家に傑を連れ込んでも問題ない。今日はレンタルした映画を見ながらまったりしようと思って、テーブルの上にお菓子と飲み物を用意し愛猫を抱えて上映会を開始した。

そして10分後。この映画ハズレっぽいな、と早々に思い始めた時にこのカミングアウトである。

横を向けば傑は真っ直ぐに私を見ていた。君もこの映画ハズレだと思ってんだね。もう1枚うすしお味をパリッと齧りながら私は考え込んだ。じゅれい。ジュレイ。樹齢?


「あー…年輪みたらわかるやつ?傑、植物とか好きだったっけ」

「そっちじゃなくて。呪いの霊と書いて呪霊」

「ああ……」

「実は私の通っている学校は呪い専門の学校でね。私は呪霊を祓う呪術師をやっているんだ」

「……………………」


なんか前振りもなく映画より面白いことを言い出したな。私をじっと見つめる傑の顔は真顔だ。

こわ。でかい図体に薄い顔で真顔とか不良にしか見えないからやめて欲しい。でも怖いって言ったら地味に気にするところは可愛いんだけど。

私は塩のついた指をウェットティッシュでふき取ると、手を伸ばして通学鞄をがさごそと漁る。そしてノートと筆箱を取り出すと、白紙のページとシャーペンを傑の前に広げた。


「描いて」

「え?」

「呪霊ってやつ。いきなり言われても想像つかないから、想像しやすいように絵を描いて」

「ええ…?色々なのがいるんだけど」

「じゃあ描きやすいのでいいから」

「描きやすいやつか……」


傑が眉間に皺を寄せながらシャーペンを握る。ピンクのシャーペン似合わなさ過ぎて可愛い。

緩みそうになった口元をバレないように引き締めながら、私は画面に視線を戻した。膝で微睡む愛猫をもふもふと撫でる。うっわ。


「傑、これスプラッタ映画だったっけ」

「いや、ハートフルコメディって書いてたと思うけど」

「ヒロインだと思ってた子がバラバラ死体になった」

「嘘だろ……」


置いていたコーナーが間違っていたのか中身が違っていたのか。どう見てもハートフルでもコメディでもない。テーブルに頬杖を突きながらぼんやりと移り行く場面を眺める。

呪霊に呪術師、か。まさに少年漫画みたいな話だ。そうなんだ!なんて馬鹿みたいに信じられることじゃなかったけれど、どこか納得している自分もいた。

福耳に真っ黒なピアスなんてつけてるくせに宗教系の学校行ってることとか、やたら忙しくて呼び出しの多いバイトとか。そういえば小1の時に仲良くなったのも私が通ってた神社で会ったのがきっかけだったような記憶がぼんやりあるんだけど、あれも関係あるのかな。

ちら。傑の手元を覗き見る。絵は1つじゃなくていくつも描いているみたい。カリカリ、とピンクのシャーペンを走らせていた傑がふと顔を上げた。


「ねえ」

「何?」

「私にも1枚ちょうだい」


ぱかりと口を開ける傑。結構大きく開くんだね。魔が差してポテチを縦に差し込んでみる。す、と細められる瞳。

やべ。手を引こうとした時には遅く、手首を掴まれたかと思うとそのままがぶりと指まで食べられてしまう。


「ちょっと…、っ!」

「悪戯する君が悪い」

「変態」

「男だからね」


塩気を味わうように指を舐められてようやく解放される。ちょっと隙を見せるとすぐこうなんだから。

ウェットティッシュで拭っているとふと視線を感じる。目線を下げれば膝の上から猫が冷たい眼差しを私に向けていた。

いやその目は私じゃなくて傑に向けるべきでしょ。


「………はい、描けたよ」

「ん。見せて」


思わず正座になる私。傑は見やすいようにとノートの向きを変えてくれる。やや前のめりになって覗き込んだ私は、数秒沈黙して半目になった。


「傑」

「……なに?」

「中学の時、美術の成績1だったでしょ」

「どういう意味かな?」


そういう意味だよ。自分がとても生温い表情になっているのを自覚しながら、絵の一つを指差す。


「なにこの足が6本生えたポ〇デライオン」

「だいたいこんなんだよ」

「こっちはペロペロキャンディーから目が生えてるんだけど」

「かたつむりに似てるんだ」

「……。それでこっちのお坊ちゃんヘアーのカエルは」

「それは特に似てる。見ながら描いたから」

「まって…見ながら描いた…………?」


それってコイツがここにいるってこと?さあっと血の気が引いていく。思わず弾かれたように傑にしがみつく。

床に転がって不満気に鳴く愛猫も慌てて腕の中に引き寄せると、私の肩に腕を回しながら傑は首を傾けた。なにその人の反応を探るような目。


「怖い?」

「思ってた怖いと違う意味で怖い」

「どういう意味」

「坊ちゃんヘアーのカエルとかきもい。毛髪必要?いらなくない?」

「ううん……思ってた反応と違う…」

「思ってた絵と違う」


もっと昔の巻物に出て来る妖怪みたいなのを想像してたのに。あれじゃ小学生が考えた存在しない生物シリーズだ。

ある意味怖い。しかもあれが部屋にいるみたいなことを言わないで欲しい。普通のカエルでもいて欲しくないのに。

傑が呪術師とやらなんだったら追い払えるんじゃないのか。そう思って顔を上げると、私が喋るより早く傑が私の顔を覗き込みながら言葉を発した。


「君は私の言っていることが、本当だと信じているのかい?」

「嘘は吐いてないと思ってるけど絵心もないと思ってる」

「失礼だな」

「それよりあのカエルまだいるの?」

「大丈夫、もう引っ込め…ううん、いないよ」


なんか引っ掛かる言い方するな。そう思ったけれどやっぱり傑が嘘を吐いているようには見えない。

これがたちの悪い冗談ならもっとそういう顔してるし。3年も付き合っていればそこらへんを見抜ける自信はある。きっと呪霊とか呪術師という話は本当なんだろう。

そう心の中で頷きながら、それならと私は傑に向き直った。相変わらず不機嫌そうな愛猫を目の前に抱え上げる。


「ちなみに聞くけど、私が猫と話せるって言ったらどうする?」

「…………ペット大好きな人って、そういうとこあるよね」

「傑の方が失礼じゃん!」

「いやだって……あ、ごめん電話。ちょっと外に出るね」


傑の言い訳を遮るように鳴り響いた着信音。画面を見て傑はすぐに立ち上がると玄関に向かって歩いていく。

こういう時は大抵バイト先からの電話だ。さっきの話を聞く前はそのバイト先大丈夫なの?って思ってたけれど、聞いたあとだとちょっとなるほどと思ってしまう。

警察官の事件呼び出しみたいなもんなのかな。いやそう考えると傑ってもしかして結構危ないことしてたりするの?もやもやとした不安を覚えながらも、私は愛猫の顔を覗き込んだ。


「……傑、信じてくれないんだって」

『まさかと思うが猫とは妾のことか』

「だって猫じゃん」

『小娘!何度も言うが妾はかような獣ではなく高貴なる――』

「あ、鰹のタタキ食べる?」

『! はよう出さんか!』


猫じゃん。なぜか昔から猫の声、というか愛猫の声だけは本当に聞こえるのだ。

私が聞こえるのかこの子が人の言葉を発しているのかはわからないけれど。いい機会だし、傑で試してみてもいいかもしれない。

てしてしと小さな手に叩かれながら私は台所に行く為に立ち上がった。



20210208

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