「明日の土曜日は午前練習のみの予定だったが、急遽午後から練習試合を組むことにした」


監督のその一言に部員が一瞬ざわつく。半日休みが潰れるのは少し残念だが、こういった変更はたまにあることだし練習試合は嫌いじゃない。

ただ……。チラりと横に立つ腐れ縁を見上げれば、そいつはいつものへらりとした表情に焦りを滲ませていた。


「…………やばいって」

「まぁ、あれだ。みょうじもわかってくれるだろ」

「いやいやいやいや、2ヵ月ぶりのデートなんだよ?そろそろ本気で怒られる。嫌われる。さすがにフラれるって!!」


部員の少なくなった部室で、アァァと頭を抱えて天井を仰ぐ及川。お前らがフッたフラれたやってんのは珍しくねえだろ。

口には出さずにそんなことを考えながら、俺はスポーツバッグを肩に担いだ。


「とりあえず喧嘩すんなよ。めんどくせえから」

「俺だって喧嘩したくてしてるわけじゃないんだからね!彼女いない岩ちゃんにはわからないことだろうけど」

「うるっせえよクソ川!んなこと言うなら誠心誠意謝って喧嘩回避しやがれ!」

「言われなくてもわかってますぅ」


べえっと舌を出してむかつく表情をする及川の後頭部に思い切りしばきを入れる。舌を噛んだのか悶絶する声が聞こえたが知ったこっちゃねえ、自業自得だ。

俺は1人部室を出ると、携帯画面を睨んで深呼吸している及川を横目にバタンと扉を閉めた。


苦労人のため息


で、結局喧嘩になったあいつらが別れたと言って1週間。コロッケパンを食いながら大きなため息を吐く及川に、俺は呆れとうざいという感情を込めた視線を向けた。


「めんどくさい雰囲気振りまいて俺まで巻き込んでんじゃねえよバカ。最初からちゃんと謝っときゃよかっただけだろうが」

「そうなんだけどさぁ、なーんか変な方向にいっちゃって」

「あっそ。どっちにしろ今回悪いのはお前だろ」


さっさと謝ってより戻すなり吹っ切るなりしてくれ。そうぼやいて飲み終わったコーヒー牛乳のパックをゴミ箱へと放り投げる。

放物線を描いて飛んでいったそれは、綺麗にゴミ箱の中へ。心の中でよっしゃと思いながら、携帯を開いて休み時間がまだあることを確認する。


「ていうか最近岩ちゃん、なまえと仲良くなってない?今日なんて調理実習で作ったクッキーもらってたよね」

「ああ、愚痴った詫びっつってもらったけど…」

「ふぅん。まぁ、俺にはもう関係ないことだけどさ。岩ちゃんあいつと付き合うの?」

「っ、お前なぁ」


めんどくせえ、こいつマジでめんどくせえ。ブチンと脳内の血管がキレたような音がする。

ぶすっと不機嫌そうな表情で及川が席を立ったのを見計らって、俺は思いきりその尻に蹴りを叩き込んだ。


「いった!!ちょっ、今のはマジ!」

「あったり前だろ痛くしてんだからな!人に八つ当たりしてる暇があるんだったら、とっとと謝ってより戻してきやがれクソ川!」

「うるさいなぁ、岩ちゃんには関係な」

「あ?どの口が言ってんだ?この口か?」

「すいませんでした!!」


尻をさすりながらもぴしりと姿勢を正した及川が、頬を引き攣らせてそう叫ぶ。俺は大きくため息を吐くと、鞄からクッキーの入った袋を取り出し及川の前で揺らした。


「あ、それ…」

「さっさとそのいつもの3倍うざい空気なんとかしねえと、これ食っちまうからな」

「……昼休み、あと何分」

「10分」

「いってくる」


くるりと俺に背を向け、扉に向かっていく及川。やっとこれで面倒事から解放される。

安堵の息を吐きながら、俺はその背に声を掛けた。


「クッキーと迷惑料としてなんかおごれよ、及川」

「え、チロリチョコでいい?」

「もっかい蹴られたいのか」


嘘だよとへらりと笑って及川の姿が見えなくなる。あーあ、あいつらの“別れた”ほど軽くてめんどくさいものはねえ。


20150224


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