ダングレストに鳴り響く警鐘。突如として消えた街の結界。

夕焼けに染まる空を見上げながら、近付く魔物の足音に私はそっと息を吐いた。なんだかユーリたちと出会ってからいいことがない。


「ローザ!ぼーっとしてねえで回復してくれ!」

「わかってるわ」


目の前で魔物を迎え撃つのはユーリたちではなく魔狩りの仲間たち。つい先程別れた彼らもどこかで戦っているのだろうか。

問題ばかり引き起こす彼らを思い出しながら魔導器に意識を集中させる。


「白き天の使いたちよ、その微笑みを我らに。ナース!」

「よっしゃー!つっこめ!!」

「……あんまり前に出過ぎないでね」


みんな血の気が多いんだから。呆れながらもまだ増える魔物の数に眉を寄せる。

ヘリオードで耳にした魔物の大量発生と凶暴化は事実のようだ。いくらなんでも異常すぎる。


「………………」


ふと思い出したのは10年前のことだった。帝都にいたあの頃も同じような現象をよく耳にしていた気がする。

各地での植物や魔物の暴走。そして最終的には――――。


「ローザ!!後ろだ!!」

「え………―――きゃっ!」


仲間の声に驚き振り返れば飛来してくる魔物の影。慌てて避けるも鋭い痛みが首にはしる。

地面に尻餅をついて倒れると同時に、仲間が魔物を切り伏せながら駆け寄ってきてくれた。


「おい、大丈夫かローザ。だからぼーっとすんなって言っただろ!?」

「ご、ごめんなさい…」

「怪我は?」

「少し掠っただけみたい。大丈夫よ」


首に手を当ててみれば、微かにぴりりと痛みはするものの指先に付着する血はほんのわずかだ。だけど一歩間違えれば首を切り裂かれていたかもしれない。

気を引き締めなくちゃと反省しながら、念のため治癒を施していたとき。私はふと別の違和感を覚えてもう1度首周りに触れた。そして呆然と目を見開く。


「ない………」


いつも身に着けていたネックレスが忽然と姿を消していた。何度首に触れてもチェーンが指に当たることはない。

魔物に襲われたときに鎖が切れて落ちてしまったのだろう。慌てて周囲の地面を見渡すが、魔物や人や土埃が邪魔でよく探せない。


「ローザ!さっきから何やってんだ!」

「大事な物を落としたの、探さなくちゃ…!」

「はあ!?探すならあとにしろ!死ぬぞ!!」

「……っ、ああもう!!」


本当にここ最近はツイてない。苛立ちながらもまだ途切れない魔物の襲撃を睨みつけると、私は強く杖を握りしめた。


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それから時は少し流れて、場所はケーブ・モック大森林。帝国の依頼により調査に訪れていたユーリたちは、レイヴンという怪しいおっさんを仲間に加えて奥へと進んでいた。


「うわぁ…もう虫ばっかりでイヤになるよ……」

「後ろには胡散臭い奴もいるしね」

「え、何?何が胡散臭いって?」

「………………」


じっとりとした視線、苦笑、とぼけた態度。色々なものを含みながら一行は進んで行く。

ダングレストを襲撃した魔物のほとんどはこの森から来たらしい。見覚えのある魔物をまた一体切り捨てた時だった。


「あれ?何か魔物が落としましたよ?」

「え、どれどれ?」


少し慣れてきたといえど魔物の死体に近付くのは抵抗があるらしい、エステルの代わりにカロルが彼女の指す方へ近付く。そして地面にキラキラと光る物が落ちていることに気が付くと、なんだろうと呟きながらそれを拾い上げた。


「なーんだ、ただのチェーンだよ。魔物の爪に引っ掛かってたみたいだね」

「あらら、残念。てっきりお宝だと思ったのにねえ」

「………ん?ねえ、チェーンの端っこになんかついてるわよ」

「え?」


リタに言われて見てみれば、確かにチェーンの端の留め具に銀色の物が引っかかっていた。あと少し揺れれば支えを失って落ちてしまいそうなバランスだ。

慌てて手のひらにそれを乗せると、じっと見つめてから顔を上げる。


「これ、指輪だね」

「高そうなやつなら売っちゃえばいいんじゃない?」

「うーん、でも結構傷だらけだよ」

「あの、カロル。それ見せてもらってもいいです?」

「あ、うん」


傷だらけで元々が高価だったのかもよくわからない、その指輪をエステルに手渡す。彼女はしばらくそれをじっと見つめたあと、深刻そうに眉を下げた。


「もしかしたらこれ、とても大事な物なんじゃないでしょうか…」

「え、なんで?」

「この指輪傷だらけですけど、元は宝石がついていたみたいですし内側にうっすら文字の跡も見えるんです」

「……あ、ほんとだわ。なんて彫ってあるかまではわかんないけど」

「こんな状態になってもチェーンに通して持っていたってことは、持ち主の方はとても大事にされていたんじゃないでしょうか…」


悲しそうな声で呟くエステルに、ユーリたちはこっそりと顔を合わせる。このあとに続く言葉は容易に想像できた。


「あの、この指輪、持ち主の方に返してさしあげませんか?」

「やっぱり」

「そう言うと思ったぜ」


ほっとけない病のエステルがそう言わないはずがない。苦笑気味に肩を竦めながら、ユーリはエステルのもつ指輪をじっと見つめる。

魔物がこの指輪を持っていた理由として考えられる理由は2つ。1つは落ちていたものをたまたま引っかけた。

そしてもう1つは持ち主が魔物に襲われたときに奪われたか。前者ならば持ち主を見つけることはかなり難しいだろうし、後者ならば持ち主が無事である保証がない。

しかしそう言ったところでお姫様は聞かないだろう。仕方ないかとユーリが捻くれながらも納得した時だった。


「あのさ、嬢ちゃん。その指輪ちょっとおっさんに預からせてくんない?」

「え?」

「おっさん、何よからぬこと考えてんだよ」

「違うって!そんな怪しい目で見ないでちょうだい!ただその指輪の持ち主に心当たりがあるっていうか……」

「本当ですか!?」

「いや、まあ、自信はないんだけどね?」


いつもは飄々としたレイヴンが珍しく戸惑った表情を見せる。その姿に信憑性を見出したのか、エステルはきらきらとした笑顔で指輪をレイヴンの手に乗せた。


「それじゃあお願いします、レイヴン」

「うん。ま、おっさんの勘違いだったらまた嬢ちゃんに返すわね」

「わかりました」


にっこりと頷くと気が済んだのかエステルたちは再び森の奥へと進み始める。その後ろをついていきながら、レイヴンはそっと手の中の指輪に視線を落とした。


「はーあ……」


見覚えのある傷だらけの指輪。思い浮かぶ一組の男女。

どうしてこんな面倒なことを引き受けてしまったのか。死んだ心に立つさざ波に気付かないふりをしたまま、レイヴンはがりがりと頭を掻きまぜた。

失せもの探し

20160220

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