カルボクラムでの魔物狩りは結果から言うと失敗に終わってしまった。突然の竜使いの妨害により逆結界が壊され、獲物を逃がしてしまったのだ。

さらにその衝撃で建物は崩壊するしナンたちとはまたはぐれてしまうし。そして極めつけに、これだ。


「続けて18番目の罪状を確認する」


どうして私はカロルたちと一緒にユーリの犯した罪を聞かなければいけないのだろうか。隠すこともなくため息を吐くと安っぽいソファの上で足を組み替える。

私はただ仲間と合流したくてカルボクラムの入口にいただけなのに、騎士に連行されるだなんて。また仲間に色々言われてしまいそうだ。


「本当に首輪つけられたらどうしよう…」

「え、なんの話…?」


私の小さな呟きを拾ったカロルがやや疲れた顔で眉を上げる。きっと子供にはまだ早い話だ。

ふるふると首を振った時、狭い部屋の入口が鈍い音を立てて開く。そして現れた人物に騎士たちは一斉に姿勢を正した。


「ア、アレクセイ騎士団長閣下!どうしてこんなところに!?」


クリティア族の女性を伴って部屋に入ってきたのは、深紅を身に纏った壮年の騎士だった。騎士団のトップに立つ彼の登場に、さすがのユーリも動揺を露わに何事か呟く。

冷静に頭で考えるなら、次期皇帝候補のエステルが関わっている以上彼が動くことも十分予想はできたはずだ。けれど私はどこかでその可能性を必死に否定していたらしい。

かつての恋人との思わぬ再会に、私はただ言葉もなくアレクセイを見上げていた。


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エステルの計らいで無事釈放されてから数時間後。ヘリオードの宿屋の一室で休んでいた私は、夜が更けてから人目を避けるように外へと抜け出した。

雨の名残を感じながら、まだ完成して間もないだろう街を何も考えずにひたすら奥へと歩いて行く。魔導器の光もなく月明かりだけが頼りの路地裏まで辿り着いて、私はようやく足を止めた。


「…………いるんでしょう?」


気配は感じなかったけれど、それでも半ば確信していた。振り返った背後の闇が動いたかと思えば、やはりそこに現れたのはアレクセイだった。

わざわざ人目を避けたのはお互いの立場の都合上ということもある。でもそれ以上に誰にも邪魔されたくなかったからかもしれない。

彼とは私が帝国を出て以来の再会になる。記憶よりも幾分か歳を重ねた彼を私はそっと見上げた。


「久しぶりだな、ローザ」

「ええ、久しぶり…」


覚悟してここに来たはずなのに声が震える。アレクセイを直視できずに肩のあたりに視線をさまよわせていると、彼は路地裏の壁に背を預けた。

同じようにその隣に立って壁にもたれかけるけれど、何から言えばいいのかわからない。言わなければいけないことはたくさんあるはずなのに。


「………君が帝国を離れてもう10年になるか」


遠くへ想いを馳せるような声で呟くアレクセイに、何も言えずにただ黙って頷く。帝国にいた頃の私は城に勤務する医者で、彼とは恋人同士だった。

だが10年前人魔戦争が起こり、私は戦争が終結してから帝国を離れたのだ。彼に別れを告げることもなく、黙って。


「今は魔狩りにいると、シュヴァーン隊が書いた先程の調書にはあったが」

「ええ、まぁ…。怪我人が絶えないから、医者としてはやりがいがあるわ」

「そうか」


簡潔な一言に違和感を覚える。ゆっくりと隣を見上げれば、アレクセイは不思議なほど静かな瞳で私を見下ろしていた。


「どうした?」

「………責めないのかと、思って」

「君が私に黙って帝国を出たことか?“あの時”の君を知っていて、責める気にはなれん」


それに、と呟いてアレクセイが私から視線を外す。流れる雲が月を隠して、すぐそこにいる彼でさえわからなくなるほどの闇が路地裏を包み込んだ。


「なに?」

「いや…。君が元気にやっているならば、私はそれでいい」


再び月が現れてようやく見えた彼の横顔からは、その言葉が本心なのかはわからなかった。ただ別れの言葉すらまともに告げずに離れた私を、決して責めようとはしない優しさが胸に痛い。

けれどあの時――戦争直後の自分を振り返って、別れを告げる心の余裕がなかったのは事実だった。今はもう何もない腹部が鈍く痛んだ気がして、緩く握った拳で押さえる。


「ローザ」

「…なに?」

「もう帝国へ戻ってくる気はないのか」


その言葉に一瞬呼吸が止まった。その言葉の意味をどう捉えればいいのかわからない。

アレクセイを見上げてただただ言葉に詰まっていれば、彼はふと息を吐くように笑った。


「すまない。忘れてくれ」

「………アレクセイ」

「そろそろ戻った方がいい。宿まで送ろう」


私に背を向けて歩き出すアレクセイの後ろを、どこか現実味のない感覚を覚えながら追いかける。彼の言葉の真意は、私が想像しているものなのだろうか。

そうだとして私はどうしたいのか、どうするべきなのか。己の歩く道はもう決めたはずなのに、こんなにも簡単に揺らいでしまう自分への苛立ちに緩く唇を噛みしめた。



宙を彷徨う手
(もうあの頃には戻れないのに)

20141105



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