懐かしい夢を見ていた。

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人間は愚かな生き物だ。過去から何も学ばず、ただ争いと滅びの歴史を繰り返す。

なぜわからない。なぜ世界を破滅へと誘ってなお、繁栄しようと欲深くなる。

人間がわからなかった。浅ましい彼らが、憎くて堪らなかった。


「貴様は……始祖の隷長だな」


また愚かな人間たちが身に余る力を求めてやってきた。彼らの先頭に立つ男は、紅い瞳を光らせて銀色の剣を抜く。

私に向けられた複数の魔導器や武器。それから殺意に憎しみに怒りや恐れ。

全てが滑稽に思えて声を上げて笑ってしまいそうになる。緩く口角を上げて、私は彼らを見下ろした。


「悪いことは言わない。無意味なことはやめておきなさい」

「しゃ、しゃべった……」


誰かのそんな恐れ混じりの声が聞こえる。彼らの目にはきっと私の姿は巨大な猫のような魔物に見えるだろうけれど、本当に巨大な魔物程度の存在だと思っているのだろうか。

人魔戦争と彼らが呼ぶ戦いの中で、我らの種族が作りだした傷跡を見てよく立ち向かおうなどと思える。それほどまでに、我らが死んだあとに残る力の結晶が欲しいのだろうか。


「―――臆するな!!私に続け!!」


一斉に振りかかってくる刃と魔術。人間にしては優れた力だ。

これが若い始祖の隷長ならば命を奪えていたかもしれない。だけど私の前ではこの程度の力、何の意味も為さない。


「……―――散りなさい」


全てを防ぎ、全てを破壊する。力を衝撃波と変えて解放すれば勝負は一瞬でついた。

粉塵の舞う中にほんの数瞬前までは、私に武器を振り翳していた人間たちが倒れている。それなりに加減はしたけれど、同胞のためを思うならばここで始末しておいた方がいいのだろうか。

だけど無駄に命を刈りとることは、かつての盟主の意向に背くことにもなる。彼らを見下ろしたまま逡巡していれば、その中に1人だけ立ち上がる人間がいた。


「あら……まだ立てるの」

「くっ………これ以上、私の部下はやらせん」

「そう思うならば最初から立ち向かってこなければいいのに。本当に人間は愚かね」


嘲笑うように言葉を吐き出せば、立ち上がった男の紅い瞳が私を睨みつける。その目に宿るのは怒りや憎しみ、そして絶望を超えた―――強い意志。

そういえばこの男は先程人間たちを率いていた人ね。そんなことを思い出しながら、初めて見る目にほんの少しだけ興味が湧いた。


「私は…聖核を手に入れる必要があるのだ…!」

「あなたは何故そうまでして力を求めるの?」

「必要だからだ。帝国を変えるために…貴様ら始祖の隷長に邪魔されぬように…っ」

「………………」


かつての盟主とその友の人間から、人の世の話を少しだけ聞いたことはあった。先の人魔戦争の発端となった魔導器も、生み出してしまった者に悪意があったわけではないとは聞いている。

だけど例えどんな善意で生み出されたものにしても、それが悪意を持つ者の手に渡れば惨事を引き起こす。生み出してはいけない物がこの世には存在するのだ。

なぜそれが彼ら人間にはわからないのだろう。なぜあの戦いで悲劇を目の当たりにして、なお力を求めるのか。


「ああ……また我らと戦いになった時に、対抗できる力が欲しいというわけね」

「……内側の戦いばかりに目を向けていれば、貴様らに外側からやられたのでな」

「あなたたち人間が盟約を守ってさえいれば、こんなことにはならなかった。恨むなら盟約を破った愚かな指導者たちを恨みなさい」

「盟約………?」


男が怪訝そうに眉を寄せる。なるほど、彼は我らと満月の子との間で結ばれた盟約を知らないらしい。

だからこそ魔導器の力を求められるのだろうか。彼は、人間は、どこまでの真実を有しているのだろう。


「かつて人間は我らと、必要最低限の魔導器しか使わないという盟約を交わしたのよ。それをあなたたちは破っただけでなく、世界の猛毒となるものまで生み出してしまった」

「ヘルメス式魔導器のことか…。だがなぜお前たちはそれほどまでに魔導器の存在を脅威とみなす」

「………………」


どこまで話してよいものか。真っ直ぐに私を見上げてくる男をしばし見つめて考える。

不思議な感覚だ。人間など愚かでどうしようもない生き物だと思っているのに、目の前の男に何故か好奇心が疼く。

紅い瞳に宿る濁りのない白く純粋な光。だけどどこか危うく、追い詰められている獣のようにも見える。


「………あなたは国を変えるために力が欲しいと言ったわね」

「ああ、そうだ。私はそのために騎士となった」

「魔導器の力が世界を滅ぼすと言ったら?」

「なに……?」

「あなたの求める力は確かに国を変えるかもしれない。だけど世界が滅んでしまえば……国が変わったところで意味がないのではなくて?」


男が目を瞠り、そして惑うように揺れる。魔導器が世界に及ぼす影響について少しくらいは知っていたのかもしれない。

だけど世界が滅ぶと規模が膨れ上がってしまえば、大袈裟に聞こえて真実味がなくなるように思える。だけどこれは大袈裟でもなんでもない、この世界はずっと昔からすぐ傍に破滅が潜んでいるのだ。


「……魔導器は世界を滅ぼす。それが始祖の隷長が人間を襲った理由か」

「大雑把に言ってしまえばそうね。どうする?それでもあなたは、まだ魔導器の力を求めるのかしら」

「お前の話を鵜呑みにする気はない。だが……国を変えたところで世界が滅びてしまえば全ては無意味だ」


そう、それが当然の答えだ。この情報を得て彼はどうするのだろう。

私の言葉が真実かどうか探るだろうか。魔導器の力以外の道で国を変えることを目指すのか。それともいっそ全て諦めてしまうのか。

いや、きっとこの目は諦めない。だからこそ危うさを覚える。


「ふふ…」


長い時を生き続けてきたけれど、初めて人間に関わることを選んだベリウスやエルシフルの気持ちがわかった気がした。思わず小さく笑うと、険しい表情の男を横目に意識を体の内へと集中させる。

目を閉じて身体を変化させて。瞼を開けば、男が驚愕の眼差しで私を見下ろしていた。


「驚いた?私、人間の姿にもなれるのよ」

「っ、ああ。一体どういうつもりだ?」

「ちょっとした気まぐれ…といったところかしら」


彼にどうしてここまで興味が湧くのか、はっきりとした理由は掴めない。だけど何か、今までにない可能性を感じたのだ。

だから。私はそっと口元に笑みを浮かべると、傷だらけの彼を見上げた。


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ふわふわと安心感を覚える温もりを感じる。ゆるりと瞼を開けば、そこには呆れた顔で私を見下ろすアレクセイがいた。

目を開ける前に感じたのはどうやら私の頭を撫でた彼の手のひらだったらしい。少し眠っていたようだと、私はぼんやりとしたまま上半身を起こした。


「まったく…君は私の執務室で寝るなと何度言ったらわかってくれる?」

「仕方ないわ…ここが落ち着くんですもの」

「せめて隣の仮眠室で眠ってくれ……」


曖昧に頷けば私にその気がないことがわかったのか、アレクセイは苦笑する。だってここが1番彼の気配が強くて居心地がいいのだ。

少し乱れてしまった服を整えながら、ふと先程の眠りの中で見た光景を思い出す。私にとってはほんの10年前、きっと彼にとっては10年も前のことだ。


「さっき、あなたと初めて出会った時の夢を見ていたわ」

「…………そうか」


アレクセイの顔が何とも言えない複雑な表情に歪む。あの日私に最初の一撃で負けたということが、そんな顔をさせているのだろう。

こっそりと笑ってしまいながら、懐かしさに目を細める。あの頃と比べて私たちは随分と変わった。


「………そういえば、私あの時なんて言ったのだったかしら」

「何がだ」

「帝国に来るとき、あなたに何と言ってついてきたのかと思って」

「忘れたのか?」


デスクに向き合って書類に目を通していたアレクセイが、可笑しそうに私を見る。彼は覚えているのだろうか。

なんとなく尋ねるのは面白くなくて、思い出そうと記憶を探る。だけど何と言ったのかどうしてもちっとも思い出せない。


「ねえ、私あなたに何て言った?」

「さあな、私も忘れてしまった」

「………嘘だわ」


意地悪ね。そう呟いて私は窓から結界の浮かぶ青い空を見上げる。

あの頃はこんな風に空を見る日が来るとは思っていなかった。最初は彼が真実の欠片を得てどう動くのかという、興味から人の世に足を踏み入れた。

同時に魔導器を求める人間を抑制できればいいと世界を想い、始祖の隷長としてやってきたというのに。いつの間にか真摯に国を憂い、国を変えようと奮闘するアレクセイから目が離せなくなっていた。

気が付けば彼の力になりたいと手を差し伸べていて。そうしていつの間にか伸ばしていただけの手は握られ、私が時折支えられるまでにもなっていた。


「……今思えば、これが一目惚れというものだったのかしら」

「ふっ……」

「何を笑っているの?」

「いや…君はあの頃から随分変わったと思っていたが、案外変わらないものだと思ってな」


どういう意味だろう。眉を顰める私をよそに、アレクセイはしばらくの間くつくつと肩を揺らしていた。

白縫いの恋
(一目惚れをしたの)

20150419


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