予想通り、魔狩りの剣がベリウスを狙って襲撃をしかけてきた夜。いくら魔狩りの首領が強いといえどベリウスが負けるとは思っていなかったし、いざとなれば彼女に力を貸すつもりでいた。
それが、まさかこんなことになるなんて。
「ダメ…っ!!」
魔狩りの首領たちとの戦いに勝利したものの傷付いたベリウスに、エステリーゼが治癒術をかけるのを止めることができなかった。始祖の隷長に彼女の力は――満月の子の力は、猛毒以外の何物でもない。
力を暴走させ、やがて力尽きて地に伏せる彼女を私はただ見ていることしかできなかった。いや、正確には見ていることにとどめるのが精一杯だった。
「わたし…わたし、ごめんなさい…」
己の力のせいだと知ったエステリーゼの謝罪の言葉が、耳を通り抜けていく。私が彼女を野放しにしていなければ、ベリウスが命を落とすこともなかったはずなのに。
やはり満月の子は殺しておくべきだったのかもしれない。噛みしめた唇がぷつりと切れ、口の中に鉄の味が広がる。
――オルガ……そなたは間違ってはおらぬ。
「でも…だけど……私は……」
――……わらわはそなたの“真の願い”が叶う日が来ることを望んでおる。
顔を上げれば優しい瞳をしたベリウスがいた。柔らかい尾がいつものように私の頬を撫でてくれる。
最期の瞬間を感じて、私は彼女の頬に手を伸ばした。これでお別れだ。
「ありがとう………おやすみなさい、ベリウス」
眠るように瞼を閉じたベリウスの身体が眩しいくらいに光だす。その光が収まった頃、彼女がいた場所に残っていたのは巨大な結晶だった。
――わらわの魂、蒼穹の水玉(キュアノシエル)を我が友ドン・ホワイトホースに。
蒼穹の水玉、それは始祖の隷長が死した時に生成される聖核。それを人の手に渡すのは抵抗があるけれど、彼女の遺言を守らないわけにはいかなかった。
「……レイヴン、これを。彼らを連れて今すぐここを出て、ホワイトホースの元へ」
「ま、おっさんが適任でしょうね。オルガちゃんはどうするの?」
「……とにかく早くここから去って。今、何をするかわからないから」
ベリウスが赦したというのに私がエステリーゼを傷付けるわけにはいかない。けれどこのまま手の届く範囲にいて、何もしない自信はなかった。
「……大将の元になるべく早く帰りなね」
「え…?」
「おっさんの独り言よ。じゃあお遣い行ってくるわ」
蒼穹の水玉を抱えたレイヴンが、ユーリたちを先導するようにして闘技場の外へ走って行く。その最後尾を力なく走るエステリーゼを見て、私はそっと目を閉じた。
鎮魂歌は響かない
(間違っていなかったと信じたい)
20150419