徹くんと出会ったのは、私が転校してきた小学5年生の時だった。偶然隣の席になった彼が、内気な私に何かと話しかけてくれたり優しくしてくれたことはよく覚えている。
「由希、ボール集めるの遅い」
「ご、ごめんね…」
「はあ…1年の方がよっぽど仕事してくれてるんだけど」
徹くんの呆れた声音に視線を落としながら、ボールを拾う速度を上げるように心がける。昔はあんなに優しかった徹くんも、いつの頃からか変わってしまった。
理由は考えるまでもなく、私がとろくさいからイライラさせてしまうのだろう。それでも中学高校とバレー部のマネージャーに誘ってくれたり、今も毎朝待っていてくれたりと彼は優しい。
そんな徹くんのことを、一方的かもしれないけれど私は大切な友達だと思っている。だから迷惑をかけないように頑張らなきゃといつも思っているのに、なかなかうまくいかない。
「相坂、及川の言ってることなんて半分以上聞き流していいんだからな」
「ちょっと岩ちゃん、聞き流していいって何さ!」
「お前が1番わかってるだろうが、ボケッ!」
岩泉くんが怒鳴りながら投げたボールが、綺麗に徹くんの頭に直撃する。酷いよと騒ぐ徹くんをひと睨みして、岩泉くんはため息を吐いた。
「あー…相坂はよく仕事やってくれてるし、クソ川もちゃんとわかってるからな」
「ううん…私、徹くん怒らせてばっかりだもん…」
「それは気にすんな。あいつもマジで怒ってるわけじゃねえから」
「え?」
どういうことだろう。見上げれば、岩泉くんは唸りながらがりがりと頭を掻いた。
「あー、あれだ!あのバカは拗らせてるだけなんだよ!」
「こじらせてる…?」
「おう。だから気にすんな!」
「う、うん…?」
よく意味がわからない。首を傾げていれば、岩泉くんは私の肩をぽんと叩いて監督の方へと走っていってしまった。
徹くんは何を拗らせているんだろう。わからないけれど、やっぱり私がもっとしっかりすれば昔のように笑ってくれるかもしれない。
「早くボールを拾わなくちゃ…!」
できることから頑張ろう。気合いを入れてボールを拾い集めていた時だった。
「う、わ…っ」
何かを踏んでつるりと足が滑る。バランスが崩れたと思った時には目の前に床があって、目を瞑ると同時にゴチンと額に衝撃が走った。
「ちょっ、由希!?」
「あぐ…」
あまりの痛みに奥歯を噛みしめて呻く。涙目で床から顔を上げれば、目の前に徹くんがしゃがみこんでいた。
「すごい音したけど大丈夫?」
「う…だ、だいじょうぶ…」
「大丈夫って顔してないからね、お前」
私の前髪を避けた徹くんが、おそらく赤くなってるだろう額を見て眉を顰める。そういえば何を踏んでしまったのだろうかと足元を見れば、黄色のゼッケンが広がっていた。
「…誰かな、こんなとこにゼッケン放っておいた奴は」
「わ、私がどんくさいのが悪いんだよ」
「まぁ踏んだことはともかく、床に手をつかなかったのはバカとしか言いようがないね」
ため息を吐いた徹くんが、痛そ〜と呟きながら私の額をつついてくる。い、痛いよ…。
脈打つような痛みに堪えながら徹くんを見ていると、私の視線に気付いた彼がぴたりと硬直する。あれ、と首を傾げれば徹くんはすっくと立ち上がって顔を背けてしまった。
「由希、もうボール集めはいいから保健室行ってきなよ」
「え、でも…」
「なに、主将命令が聞けないの?」
「へ、あ、ううん。じゃあ、行ってきます…」
途中で抜けてごめんねと言えば、徹くんは顔を逸らしたままひらひらと手を振る。彼の行動の意味はわからないことばかりだけれど、やっぱり優しいと思いながら私は体育館を抜け出した。
足元から災難
(うー…いたい……)
20140715