女子の妬みというものは恐ろしくて面倒だ。女子の私が言うのもアレだけど。


「新山さんさぁ、ちょっといい?」

「そのクッキー、誰にあげんの?」


わかりやすく悪意に満ちた声と表情。家庭科室から教室に帰ろうとして、人気の少ない廊下で立ち塞がった女子生徒3人に心の中でため息を吐く。

顔に見覚えがないから同じクラスではないだろうけど、多分同学年だ。先輩に早く会いたいからって、1人で家庭科室から出てきたのが悪かったのだろうか。

廊下にはこんなにも甘い匂いが立ち込めているのに、ここだけ瘴気でも溢れていそう。イヤな予感がしながらも、私はわざとらしくない程度に困ったように微笑んだ。


「誰って…岩泉先輩だけど…」

「ふーん、その人をダシにしてるわけだ」

「え?」


ダシってどういうこと。眉を顰めれば、女子生徒の1人が嘲笑を浮かべた。


「新山さん、カワイー顔してるわりに性格悪いよね〜」

「そのナントカ先輩に近付くふりして、ほんとは及川さん狙ってんでしょ?」


何の話かと思えば。この子たちは及川先輩のファンなのかと思いながら、小さくため息を吐いた。


「誤解だから。私、及川先輩のことそういう風に思ってないよ」


及川先輩のことはどちらかと言えば好きだけれど、それは恋愛感情とは全くの別物だ。私が恋愛感情をもって好きだというのは岩泉先輩だけ。

やましいことなんて1つもなく言い切ったのに、返ってきたのは舌打ちだった。嘘吐くなと言わんばかりの表情で睨みつけられて、女子の嫉妬は厄介だなあとまるで他人事のように考える。


「だったらなんで、いっつも及川さんとしゃべってんだっつーの」

「ほんとムカツク」

「周りにチヤホヤされて、調子乗ってんじゃねーの?」


ああ、めんどくさい。こういう子たちは何を言っても通じなくて、事実がどうであれただ私を傷付けたいんだ。

だけど生憎私はこれっぽっちで傷付くような柔な心は持っていないし、むしろ及川先輩が好きだと決めつけられて怒りさえ感じている。こうしている間にも岩泉先輩との時間が削られてるし。


「悪いけど、ほんとに勘違いだから。他に用がないならもう行くね」

「はあ!?」

「こっちは話が終わってないっつーの!」


話ってそっちが一方的に悪態吐いてただけじゃない。そんなことを思っている間に、女子生徒に肩を掴まれ壁に押し付けられる。

あ、と思った時には私の手に握られていたクッキーの袋は奪われていて。それが床に落とされて、ローファーで踏みつけられるのがやけにゆっくりと目に映った。


「あははっ、いい気味!」

「さすがにこんなもん及川さんに渡せないよね〜」

「これに懲りたらもう媚売ったりすんなよ、ばーか」


頭の悪そうな台詞をとても楽しそうに吐いた彼女たちが、高い声で笑いながら廊下の向こうへと歩いていく。きっと真顔になっているだろう私の視線の先には、袋の中で粉々に砕かれたクッキーの残骸。


「さいっあく……」


はああ…と長いため息を吐いて重い動作でそれを拾う。こんなの岩泉先輩に渡せるわけがない。

一生懸命作ったのに。もう、全部、及川先輩のせいだ。


「おい」

「ふぁっ!」


廊下に立ちすくんで肩を落としていると、突然背後から掛けられた声に飛び上がる。この声はもしかしなくても。

おずおずと振り返れば、岩泉先輩が私を見下ろしていた。いつもは会いたくて仕方ないし今だって会えて嬉しいはずなのに、ちょっと泣きそうになるくらい悲しいのはなんでだろう。


「なんつー顔してんだよ」

「へ、あ、別に、なんともないですよ?」

「嘘吐け。さっき女子に絡まれてただろーが」

「えっ、なんで知って…」

「上の渡り廊下通ったときに、たまたま見えたんだよ」


むっすりと顔を顰めた先輩が手を伸ばしてきたかと思えば、私の頭をわしわしと撫でる。慰めてくれてるのかな。

やっぱりとても優しくて素敵な人。落ち込んでいた心が少し浮上するのがわかる。


「…もっと早く気付いてやれればよかったんだけどな、悪い」

「せ、先輩が謝ることなんて1つもないですよ?」

「けど、お前がここまで凹んでるなんてよっぽどだろ。何された」


低い声で尋ねられてぴくりと肩が跳ねる。自然と意識が向かうのは、咄嗟に後ろ手に隠していたクッキーの残骸だ。

こんなもの見せるのもイヤだし、見せて説明するのはもっとイヤだ。けれどいい言い訳も思いつかなくて。


「別に、何もされてないですよ…?」

「お前、嘘吐くのヘタすぎるんだよ」

「う、嘘じゃないです!ちょっと誤解されてたっていうか、それでキツいこと言われただけなんで」


岩泉先輩の方を見れなくてあっちこっちに視線を動かしながらそう言えば、先輩が大きくため息を吐いた。かと思えば、頭の上に置いてあった手が私の頭をきゅっと掴む。


「せ、先輩!?」

「今すぐバレバレに隠してるクッキー渡すのと、俺に奪われるのとどっちがいい」

「え、なんでクッキーって…!」

「“調理実習でクッキー作るんで楽しみにしててくださいね”って言ってたのはどこのどいつだこら!」

「あっ」


私のバカ。そういえば今朝先輩に言っていたことを思い出して、しまったという表情になってしまう。

先輩は呆れたように私を見下ろして、同時に私の背後に手を回してクッキーの袋を奪い取ってしまった。慌てて取り返そうとしても、高く持ち上げられて手が届かない。


「あ、ああぁああ!ちょっ、先輩!」

「ったく、粉々じゃねえか」

「ううっ…見ないでください…」

「まあ味には問題ないだろ」

「へ、あ、はい?」


岩泉先輩の言葉の意図がわからなくて困惑していると、先輩がクッキーの袋を持ったまま歩き出す。ちょっ、どこ行くんですか!


「せ、せ、先輩!?それどうするつもりですか!?」

「どうするって食う以外にねえだろ」

「食べるって、粉々ですよ!?踏まれたんですよ!?」

「踏まれたのかよ…でも中身に問題ねえよ」

「そ、そうかもしれないですけど…」


さすがにそんなものを先輩に渡すなんてできない。返してくださいと半ば泣きそうになりながら言えば、ばちんと額に衝撃が走った。


「で、でこぴん…痛い…」

「約束破ろうとした罰だ」

「約束…?」

「クッキー受け取れって、約束だって新山が言っただろうが」


そんな言い方はしてないけれど、岩泉先輩覚えてくれてたんだ。おでこを押さえて先輩を見上げれば、思いがけず優しい瞳と目があった。


「ありがとな」


そんな顔でそんなこと言われたら、返してくれなんてもう言えなくなってしまう。今度はちゃんとしたお菓子を渡そうと思いながら、熱くなった頬を隠すように俯いた。

心拍数不明
(もう先輩が好きすぎて息が苦しい)


20140624


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