大学生影山×社会人夢主
同僚たちとの飲み会で自然と仕事の愚痴や上司への不満はお酒の肴となる。この日はその鬱憤が爆発したのが悪かったのかもしれない。
飲み会の途中からはほとんど記憶がなく、目が覚めると真上には薄暗い天井が広がっていた。ベッドからゆっくりと上半身を起こせば、ぐらぐらと揺れる頭に思わず呻く。
「うぅ…ここ、私の部屋…?」
「気が付いたんですか、なまえさん」
「あれ…飛雄…?」
顔を上げれば、部屋の入口に年下の恋人が立っていた。私の部屋の電気はつけないかわりに、リビングの明かりを差しこませて飛雄がベッドに近付いてくる。
なんで飛雄がここにいるんだろう。いや、それどころかどうやって家に帰ってきたのだろうか。
「なまえさん、水飲みますか?」
「飲む…ありがと」
飛雄が差し出してくれたグラスを受け取り、水を一気に飲み干す。冷たい水は喉を潤し、少しだけ胸の不快感を拭ってくれた。
「あの、なんで飛雄がここにいるの?今日、来る日じゃなかったよね」
「やっぱり覚えてないんですか」
「ご、ごめん」
「なまえさんがいきなり酔っぱらった状態で電話してきて、迎えに来いって言ったんですよ」
全く覚えていない。飛雄の呆れた声とため息に思わず頭を抱える。
「ごめん…迎えに来させちゃって…」
「いえ、なまえさん店の場所も言わないまま切っちゃうし、かけ直しても出ないんで家の前で待ってました」
「え、あ、そうなの…?いや、それはそれでごめん…」
大学に入ってからも熱心に続けているバレーで疲れていただろうに、こんな酔っ払いの恋人に振り回されて。申し訳ないやら情けないやらで穴に入って埋まりたくなる。
そこでふと、私は疑問が一つ解決していないことに気が付いた。
「あれ…?じゃあ私、どうやって帰ってきたの?」
「同僚の人がタクシーで連れ帰ってきてくれましたよ」
「お、お金…!」
「その人が払っててくれたんじゃないですか?」
あとで誰が送ってくれたか聞いて返しておかなくちゃ。そう考えると同時に、胸の奥でざわざわとイヤな予感が膨らんだ。
薄暗い部屋の中でじっと探るように飛雄を見つめる。静かに見つめ返す飛雄は呆れているようにも無表情のようにも見えたけれど、暗い瞳が濁っているようにも見えて。
「飛雄…怒ってる…?」
「……なんでそう思うんですか」
「ほら…あの、迷惑かけちゃったし」
申し訳なさを込めて言えば返ってきたのはため息だった。怒っていると思ったのは気のせいだったのだろうか。
私の手から空になったグラスを取ってサイドテーブルに置く仕草に怒りは見えない。けれどやっぱりいつもの飛雄とは違う気がする。
「別にお酒を飲むのはいいんです」
「うん…?」
「酔っぱらって俺に電話してこようが、振り回されたってかまわない」
でも。
そう言って私を見た飛雄の目は抑えきれない感情に揺れていて。何かを思う前に肩を掴まれ、荒い動作でベッドに押さえつけられていた。
「気安く他の男に触られてんじゃねえよ」
「と、びお…」
「タクシーから知らない男と出てきたあんたを見たとき、俺がどんな気持ちだったかわかるか」
吐き出すような声音と痛いほどに握りしめられた肩。ぎらぎらと滾る瞳に睨みつけられて、一気に酔いがさめる。
先程の僅かな違和感しか覚えない態度と崩れない口調の下で、これほどの怒りを抑え込んでいたのか。けれど不思議と怖いとは思わなくて、ただただ後悔だけが膨らんでいく。
「もし俺が待ってなかったら何されてたかわかんねえよな」
「…はい」
「あんたは俺のものだっていう自覚あるのかよ」
「あ、あるつもり、です」
「……なんであんた年上なんだ」
急に弱々しく呟かれた言葉に驚く。表情をよく見ようとすれば、俯いた飛雄がそのまま私の首筋に顔を埋めてきた。
「とびお…った!」
「……今日は加減しねえから」
絶対これ見える位置に痕つけられた。きつく吸い上げられた首筋を反射的に触ろうとすれば、それより先に両手をベッドに縫い付けられる。
明日も仕事があるのに。いつもなら抗議することでも何も言えないのは、今日は圧倒的に私の立場が悪いからだ。
「不満も抗議も一切受け付けない」
「…はい」
「しっかり反省しろ、なまえのボケ」
これじゃあどっちが年上かわかったもんじゃない。嫉妬と独占欲をぶつけるような口づけを甘受しながら、しばらく禁酒しようと誓った。
酒は飲むべし、飲まるるべからず
(おい、お前の彼氏すっげえ怖かったんですけど!?)
(ご、ごめん……)
20140604