素敵な一週間


uno.憂鬱な月曜日

「Ciao,bella!月曜日ってのは憂鬱だが、ナマエの顔を見たらふっ飛んじまったぜ」

「Ciao,ホルマジオ。私は朝からあなたの顔を見て益々憂鬱よ」

「つれねぇなぁ。エスプレッソひとつ頼む」

雨から始まった週の初日、職場のバールに最近知り合ったホルマジオがやって来た。彼は初対面からナマエを気に入り、それ以来会うたびに口説いてくる。
だがここイタリアでホルマジオのような男が囁く愛の言葉にいちいち反応していたらいくら時間があっても足りない。それでなくとも朝のバールは忙しいのだ。
ナマエは厨房にオーダーを通すと、ホルマジオにカウンターに行けと目配せした。ナマエに冷たくあしらわれてもホルマジオは眉を下げるしょうがねぇなぁといつもの口癖を言い、キャッシャーからカウンターへ移動する。
次から次へと来る客の対応しながら、ナマエはちらりとカウンターにいるホルマジオを見た。
派手な容貌に反して女性への対応は柔らかい。これまでも沢山の女性と付き合ってきたことが解る。
はたと目が合えば、バチンとウィンクが飛んできてナマエは鬱陶しそうにそれを払うと視界の隅でおかしそうに笑うホルマジオが見えた。


due.気を取り直して火曜日

「ナマエはカフェラテに砂糖は入れないのか?……ああ、そうか。ナマエがドルチェみたいに甘いから砂糖は要らねぇんだな」

「人の休憩時間に現れて何を言ってるの?」

忙しい朝の時間帯が一段落してバールの裏で休憩をしていたナマエのところにどこから入ってきたのかホルマジオがふらりとやってきて、いつもの通りに口説き始めた。
うんざりとした顔を隠さずにナマエが言うと、ホルマジオはじっとナマエの顔を見てにかっと笑う。

「本当に綺麗だって言ったんだよ」

「……はぁ」

不覚にも少しだけときめいてしまった自分が恨めしい。
ナマエは新しい煙草に火を点け、顔を横にしてふーっと煙を吐く。顔を戻した瞬間、横から一輪の薔薇の花を差し出された。

「……私に?」

「昨日は渡すの忘れちまったからな。……薔薇も可哀想だよな。こんなに綺麗に咲いててもナマエの前じゃ霞んじまうぜ」

「そりゃドーモ」

ナマエが薔薇に罪はないもんね、と心の中で言い訳して受け取ると、ホルマジオは嬉しそうに微笑む。
いつもの飄々とした笑顔とは違う愛しそうな笑顔は反則だろ、とナマエは再び心の中で言い訳をした。


tre.追われる水曜日

「ナマエは水曜日だけ綺麗なのか?それとも毎日?」

「昨日もその前も綺麗だと口説いたことを忘れたの?ずっとよ」

「いいねぇ〜!気の強い女は好きだぜ」

「なら他を当たってちょうだい」

「解ってねぇなぁ、ナマエ。俺は気の強いナマエが好きなんだぜ?」

「私のことが好きならとっとと注文してちょうだい」

「ナマエをテイクアウトで」

「殴るわよ」

「おっ!こえー!こえー!ビールとクアトロフォルマッジをくれ」

ナマエはハンズアップしたホルマジオをじろりと睨み会計をする。その時にホルマジオからお金と一緒にメモを渡されて、ナマエが不審そうに首を傾げる。

「俺の携帯ぶっ壊れてんだよ。ナマエの番号が入ってねぇんだ」

教えていないので当然だ。
ナマエはそう反論しようとしたが、カウンターに移動したホルマジオの後に並んでいた客の注文に追われる。
退勤後、エプロンに突っ込んだメモを見てみるとホルマジオのアドレスらしき番号が書いてあった。


quattro.忙しさに慣れる木曜日

Driin!Driin!Driiiiin!!

『……Pronto?』

「あ、ホルマジオ?私、ナマエ……」

『ッ!?ちょ、ちょっと待て!』

「あっ忙しかったらいいよ。また後で、」

『ちょちょちょ!いいから待てって!』

電話の向こう側からガタガタと物音に混じって、『ホルマジオ、女からか〜?』と男のからかうような声が聞こえてくる。『聞こえんだろうが!』とホルマジオの怒る声に、ナマエはばっちり聞こえてるよ、と思わずにやけてしまう。

『……あーもしもし?ナマエ?』

「うん」

『悪ぃな。同僚が煩くてよ……』

「仕事中だった?」

『いや、アジト……じゃねぇか。あーその、事務所に集まってるだけだからよ、気にすんなよ』

「ならいいけど……」

『ん?』

「いや、電話だと静かなんだね。いつもの口説き文句が始まらないから変な感じ」

歯の浮くような科白にいつの間にか慣れていることにナマエは苦笑いした。

『直接会って言いてぇからよぉ……今日はちっとそっちに行けそうにねぇんだ、悪ィな』

「別に毎日来なくてもいいよ。ホルマジオはお客様なんだし」

『……まだ客のひとりか?』

「えっ……」

『ダチくらいにはなってるかと思ってたんだがな』

「あっ、いや……」

電話越しに聞こえるホルマジオの悲しそうな声にナマエが慌てて否定する。

『でも、まぁ。それなら明日ディナーでもどうだ?一緒に出掛けたら客からダチにランクアップするだろ』

「なにそれ」

ホルマジオの切り替えの早さにナマエは思わず笑った。気まずい雰囲気がすぐに消えたことも安心する。

「いいよ。明日仕事が終わったら連絡する。……それでいい?」

『マジかよ!?勿論いいぜ!待ってる』

「それじゃあ、また明日」

『ああ。……ナマエの声が聞けて良かったぜ。Arrivederci.』

「Arrivederci.」


cinque.早く帰りたい金曜日

今日に限って地下鉄がストライキを起こしたらしくバールは目が回るほど忙しい。地下鉄を利用する筈だった人々が休憩しようとバールにやって来るのだ。
キャッシャーを任されているナマエは客の注文を次から次へと受けなくてはならず、両替金を取りに事務所に戻った際に時計を見ると既に退勤時間は過ぎていた。
この状況では退勤出来そうもなく、退勤出来たとしても自宅に一旦戻ってシャワーを浴びるのは難しいだろう。
一度ホルマジオに連絡を入れておきたかったが、店主がナマエを呼ぶ声にキャッシャーへ戻らねばならなかった。
結局バールの閉店時間までナマエはレジを打ち、閉店作業をする店主に片付けはいいよ、と言ってもらったのが9時過ぎ。
ナマエははぁ、と疲労感たっぷりの溜め息をついて事務所のパイプ椅子に座る。携帯を見ると、本来の退勤時刻にホルマジオから着信があった。ナマエは履歴に残るホルマジオの名前をじっと見つめる。

「逢いたかったな……」

ナマエはふとそう呟き、ロッカーで着替えを済ませた。店主にお疲れさまと声をかけて裏口から出ると、出てすぐの壁にホルマジオが寄りかかるように立っていた。
街灯に照らされたホルマジオがドアから出てきたナマエの姿に手を振る。

「え……?」

「お疲れさん。ストだって?災難だったなぁ」

「……ホルマジオ、怒ってないの?」

「まぁ……しょうがねぇよ。俺も仕事でドタキャンなんざよくするしよぉ」

「ごめんなさい。……もうお店どこも閉まってるよね……」

「ディナーは無理だけどよ、これならあるぜ」

ホルマジオが持っていたビニール袋をがさりと掲げた。うっすらとビールのラベルが透けて見える。

「さっきそこの店で買っておいた。ほら」

「Grazie,気が利くね」

ナマエはホルマジオが差し出したビールを受け取りプルトップを押し上げた。プシュッと音と共に出た少量の泡に慌てて口をつける。ナマエがゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込むと、隣でホルマジオも笑って同じようにビールを飲んだ。

「ハ〜〜〜〜〜〜ッ!美味い!」

「仕事終わりにビールって最高だね!」

並んで歩きながらビールを飲んでは他愛もない話をする。
立ちっぱなしで浮腫んだ足が痛い。化粧だって直せずにどろどろだ。一度自宅に戻るつもりだったのでいつものTシャツとデニム姿。予定していたディナーとは丸っきり違うが、それでもナマエは楽しかった。退勤後の疲弊した身体と心はホルマジオによって次第に慰められている。

「ねぇホルマジオ。今日のディナーの埋め合わせさせてよ。明日は?予定ある?」

「悪ィ。明日は仕事で1日かかる」

「そう言えばホルマジオの仕事聞いてなかったけど、何してるの?」

「あー……掃除屋?」

「1日掃除なの?」

「あー……なんつーか……ハウスクリーニングっつーの?とにかくなんでもやるんだよ、うちは」

「へぇー。肉体労働なんだね」

「まぁな。んで明日はそういう訳で無理なんだが日曜なら1日空いてるぜ」

「ほんと?ならランチはどう?」

「いいぜ。広場に11時に待ち合わせな」

「解った」

「さて、魅力的なナマエをひとりで帰すと危ねぇから俺に送らせてくれよな」

「一番ホルマジオが危ないんじゃあないの?」

「ハハハッ!違いねぇ!!!!」

夜の街にホルマジオの笑い声が響いた。月に照らされた二人の影がゆっくりと遠ざかっていく。


sei.あと一日しか休みがない土曜日

「あ〜〜〜もうっ!どうしよう!!うっかりデートの約束なんかしちゃったけど着ていく服がない!!」

朝からクローゼットの中を引っ掻き回し部屋中服だらけにしたナマエがその中心で叫ぶ。
普段自宅と職場の往復で特別おしゃれする機会もなく、唯一持っているワンピースは季節が合わない。流石にいつものTシャツ、デニムとはいかないだろう。

「……買い物に行こうかな……」

折角の機会だ。ナマエはそう決めて、街へ出掛けた。
店主の奥さんに勧められた店へ行こうと、教えられた店を探す。運よく店はすぐに見つかり、奥さんの言うとおり自分と同い年くらいの女の子が沢山いた。
ナマエが道を渡ろうと角から一歩足を踏み出した所で、横から来た人にぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい!」

「いや。俺の方こそ悪かったな。痛くなかったか?」

「あっはい。大丈夫です」

「天から落っこっちまってよ、天使様?」

「アハハ」

初対面でクサイ科白を言うイタリアーノをホルマジオ以外で初めて見たナマエはひきつった笑顔で返す。男性の方こそ天使のような美しさだ。睫毛まで金髪なんて羨ましい。

「Bella,あの店に行くのか?」

「そうですけど……」

「アンタならどれを選んでも似合うぜ」

バチンとウィンクして男性はCiaoと手を振って歩いていく。
ナマエはモデルのようなその後ろ姿をぼんやり眺めていたが、はっと気付いて慌てて店へ向かった。


sette.終わらない日曜日

待ち合わせの11時にナマエが広場に着くと、まだホルマジオの姿はなかった。
少し早かったかとベンチに座ってホルマジオが来るのを待ちながら何だかこの一週間は慌ただしかったなぁと振り返る。
ホルマジオに口説かれ、電話番号を交換して、約束を駄目にして、今日はその埋め合わせだ。
最初は相手にしなかったのにいつの間にかホルマジオに惹かれてる自分に気付いてしまった。
買ったばかりのテラコッタのワンピースを着てコーラルのリップを塗った、今朝。そのことにやっと気付いたのだ。

「ナマエ!」

顔を上げれば、ホルマジオが手を振ってやって来る。ナマエも微笑み返して手を振った。

「今日は一段と綺麗だな。俺の為だって自惚れてもいいかい?」

「ええ、勿論」

いつもとは違う素直な反応にホルマジオは一瞬驚くが、すぐにしょうがねぇなぁと頭をかく。ホルマジオが照れていることが解っているナマエは楽しそうに微笑むと彼の腕に手を回した。

「さぁ、デートなんだからちゃんとエスコートしてね」

「しょうがねぇなぁ。俺のガッティーナは」


Buon fine settimana(よい週末を)


モドル


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