フロム・バスルーム
ちゃぷん、という音に反して浴槽の表面はさほど動かない。
今、浴槽はたくさんの泡で満たされていて、縁に頭を預けたナマエの耳元でぱちぱちと泡が弾ける音が微かに響いた。
「ふぅ……」
ナマエは泡に浸りながら腕を伸ばす。その腕にもはみ出した紅い爪先にも泡はついていて、手を滑らすと肌がすべすべになっているのが解る。
普段はシャワーだけで済ますがたまにはゆっくりバスタイムを楽しみたい。任務が立て続きにあった休日の前夜は特にだ。
一緒に暮らしている同僚兼恋人もまだ帰宅していないこともあり、ナマエは気兼ねなくバスタイムを満喫していた。
目を閉じてほのかに香る薔薇の香りに意識を集中させていると、脱衣場から物音がする。
ハッと目を開けて頭を起こして見れば、浴室のすりガラスのドアから灯りが漏れている。
「……プロシュート?」
「ああ」
聞き慣れた恋人の声にナマエが警戒を解く。再び頭を縁に乗せて目を閉じようとすると、ガチャッとドアの開く音にナマエはびくりと肩を揺らした。
「えっ!?」
「よォ、良いもんに入ってるじゃあねぇか」
「なんで裸なの!?」
「あァ?服着たまま風呂入るやつなんかいねぇだろうが」
隠すこともせずに入ってきたプロシュートにナマエは慌てる。バスタブの中にいるナマエから立っているプロシュートを見ると目線の高さから見てはいけないものがダイレクトに視界に入ってきた。
そんなナマエの動揺を知ってか知らずかプロシュートはざっとシャワーを浴びると片足をバスタブに入れてくる。
「ちょっと詰めろ」
「え、ちょっと待ってよ!入るなら私はもう出るから……ッ!」
「ツレねぇこと言うなよ」
立ち上がろうとしたナマエの肩をプロシュートは押さえてバスタブに入った。
二人入ることを想定していない泡が溢れて縁から流れていく。
「……はぁ……気持ちいいな、これ」
「まぁね」
さっきまでナマエがしていたのと同じ体勢になったプロシュートがゆっくりと息をついた。ナマエの気のない返事にも黙ったままだ。
「……疲れてる?」
「……ん」
プロシュートの様子にナマエが尋ねれば彼は短く答えただけだったが、いつも毅然としているプロシュートの弱った姿を見るのは恋人であっても珍しい。
ナマエはプロシュートがゆっくりできるようになるべく端に寄ってじっとしていた。
「……そんなすみっこにいてどうした?」
「ねぇ、プロシュート。私は出るからさ疲れてるならゆっくりは入りなよ。やっぱり狭いもん」
「こっち来い」
「わっ!」
ざぶりと泡が波立ち、ナマエはプロシュートに腕を引かれて彼の胸へ飛び込んだ。
「こうすりゃ二人でも十分入れるだろ」
プロシュートがナマエの身体をくるりと翻して、背後から抱き締める体勢になる。
これだとプロシュートに寄りかかることになる為、ナマエは背中を浮かせた。
「重くない?これじゃあプロシュートの疲れ取れないよ」
「解ってねぇな、ナマエ。これが良いんだよ」
プロシュートはナマエの腹に後ろから手を回して自分の胸に寄りかかるように促す。そのまま凭れたナマエの肩口にプロシュートが顔を寄せた。
「……良い匂いだ」
耳元で囁かれた言葉にナマエが首を回すと、プロシュートに顎を掬われてキスされる。
プロシュートはちゅ、ちゅ、とキスを繰り返しながら、回した手で円を描くように腹を撫でた。
「あ、プロシュート……」
「ん?」
「くすぐったいよ」
「くすぐったいだけか?」
「あと当たってる」
「疲れてるからな」
「そういうモノなの?」
「そういうモノだ」
先程からナマエの腰に当たるプロシュートのソレは確実に硬度を持っていた。
プロシュートがわざと腰を動かしてナマエに自身を当てると、ナマエはびくりと肩を揺らす。
「ちょっと!」
「……良いだろ?」
振り返って見たプロシュートの目が情欲で濡れている。このサファイヤには勝てない。
ナマエの返事を待たずにプロシュートが再びキスで口唇を塞ぐ。今度のは深い。
舌先で促されて空いた口から入るプロシュートの舌は熱くナマエの口腔を満たす。口蓋のざらりとした部分を舌先でなぞられれば、堪らずナマエは吐息を漏らした。
吐いた息は熱く、目を閉じているせいで薔薇の香りを強く感じて脳がくらりとした。
その先の意識はない。
「ナマエ」
プロシュートの声にナマエはゆっくりと瞼を開く。
ベッドの縁に腰掛けたプロシュートがナマエの顔を覗き込んで、目を醒ましたことに気付くと額にかかった前髪をそっと払い避けた。
「……あれ?私、」
「風呂で逆上せたんだよ」
「えっ」
「気分は?痛いところはねぇか?」
「大丈夫。ありがとう」
ナマエは身体を起こしてプロシュートの差し出した水の入ったグラスを受け取る。
しっかりパジャマも下着も着ているところをみると、プロシュートが全部してくれたらしい。
「……プロシュート、ありがとう。着替えさせてくれたんだね」
「いや。俺も気付けなくて悪かった」
「いいって。私も解らなかったし。疲れてるのに手間かけさせたよね。休めてないでしょう?」
ナマエはプロシュートの顔に手を伸ばして目の下にうっすらと浮かぶ隈を親指でなぞった。
「……ねぇ、一緒に寝ない?勿論眠るって意味だけど」
「解ってる」
プロシュートが笑ってベッドに足を入れてくる。
ナマエはグラスをサイドボードに置くと、プロシュートにすり寄った。
「おやすみ、プロシュート」
「良い夢を、ナマエ」
キスをひとつ交わして目を閉じる。
やがて聞こえてくる柔らかな寝息が二人の安息の証だ。
モドル
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