コペンハーゲンの夜
ナイトクラブ内はブラックライトに照らされ、オルタナが流れている。
ドリンクの代わりをもらいに戻ってきたナランチャはテーブルにグラスを置いてもまだ後ろを振り返ったままだった。
ミスタが新しいグラスに手を伸ばしながらナランチャに声を掛ける。
「どうした?ナランチャ、気になる女の子でもいたか?」
「んー……女の子じゃあないんだけど、気になるヤツがいてさぁ……」
「キミ、そっちの気もあったのか?」
「違ぇし!そういう意味じゃあねぇし!!」
「じゃあ、不審人物ですか?」
「見間違えじゃあなければ知ってるヤツなんだけど、ここに来るかなぁ?」
「埒があかねぇなぁ。誰がいたっつーんだよ?」
「アバッキオ」
「まさか」
「だろー?女連れだったし見間違えかな」
「女連れェ?アバッキオに彼女がいたなんて聞いてねぇぞ!見間違えかどうか見てこようぜ!本人だったら連れの女見てみたいしよ」
ナランチャとフーゴが納得しかけたところで、新たな情報にミスタが食い付いた。
フーゴが止めるのも聞かずにミスタはテーブルを離れ、ホールへ出ていってしまう。その後をナランチャが「そっちじゃあねぇよ」と追いかけ、フーゴもまた溜め息を洩らして彼らの後に続いた。
ナランチャを先頭にしてダンスホールを抜けると、非常口近くの小さなテーブルに長身の男が立っていた。長い銀髪がブラックライトに照らされて青みを帯びている。
普段つけている特徴的なヘアバンドは外されているが、確かにアバッキオだ。
ナランチャの言うとおり、アバッキオは女性と一緒に酒を飲んでいた。彼女のワンピースから晒された白い肩が大柄なアバッキオとの対比で殊更華奢に見える。
二人は寄り添い時折耳打ちしては楽しげに笑っていた。その様子から二人が一夜限りの相手ではないことは明らかで、平素から想像もつかないほど穏やかなアバッキオの笑顔にナランチャたちは唖然とする。興味本位から覗き始めたミスタすら黙りこくって見ていた。
「……邪魔するなんて野暮ですよ。アバッキオに後で何て言われるか……」
「そうだな、うん。そうだよな」
フーゴにナランチャが賛同して頷く。
見つからないうちにその場を離れようとした時、ホールで踊っていた女がミスタに声を掛けてきた。
「ミスタじゃないの!久しぶりね!躍りもしないで何してるの?」
「今、ちーっとばかり取り込み中だからよ。向こう行ってくんない?」
ミスタが腕にまとわりつく女を手でしっしっと振り払うと、女は舌を出して怒ってホールへと戻っていった。
「ミスタの元カノ?」
「いや名前も知らねぇ。一度遊んだかもしれねぇが」
「わーろくでなし」
「ヤバい。バレたっぽいぞ」
「えっ!?」
フーゴの言葉にナランチャが振り返ると、アバッキオの彼女と目が合う。
「ゲッ!彼女と目が合っちまったぜーッ!」
「バカ!騒ぐな!!」
最早声量を押さえていないナランチャとミスタにナマエが気付かない筈もなく、先程から向けられていた視線は彼らかと思った。
そして一点を見つめているナマエに気付かないアバッキオではないのだ。
ナマエの視線を辿った先に同僚たちの顔を見つけてアバッキオは舌打ちする。
「やっぱりレオーネのチームメンバー?」
「……ああ」
「バレちゃったね」
「シマで飲んでりゃバレるのも時間の問題だ」
アバッキオは溜め息をついて、ミスタたちを手招いた。ミスタたちが気まずそうにテーブルにやって来て「よォ」とぎこちない挨拶をし、眉間にシワを寄せたアバッキオは一先ず置いておいて、隣にいるナマエを見た。
「Buona sera,signorina.」
「Buona sera,signori.」
「……ア、アバッキオに彼女がいるなんて全然知らなかったぜ〜ッ!」
「な、なー!水臭いよなー!こんなベッラを俺たちに紹介しないなんてよォ」
「……そう言うと思ったから言わなかったんだ」
ナランチャとミスタがわざとらしく明るく振る舞うもアバッキオはギロリと睨んでそれを制す。
もうこうなったら何か口実を作ってこの場を去った方が良いと判断したところで、アバッキオの隣にいたナマエが口を開いた。
「私が内緒にしててってお願いしてたの。レオーネが水臭いとかそんなんじゃあないのよ」
「おい、ナマエ」
「もういいわ。わざわざ言いふらすような人たちには見えないし」
「そりゃそこは保証するが」
「……何か他にわけがあるんですね?」
「わけってほどでもないけれど。私が情報管理チームにいるから、繋がってると知られると色々面倒なことが多くて」
「色々面倒なこと?」
「痛くもない腹を探られるってことね」
「……そういうこった。変に疑いかけられるとブチャラティのメンツに関わるしな、俺とこいつがそういう関係だってことはあまり口にすんじゃあねぇぞ」
「そういうわけなら……黙っててもいいけどよォ……」
「けど、なんだよ」
「なれ初めっつーの?そもそもナマエちゃんはなんでアバッキオと付き合おうと思ったわけ?」
「どういう意味だコラ」
「ほら、な?怖ぇしよォあんまり優しくもねぇし」
「よし分かった。ミスタ、表出な」
「なれ初めは言えないけど、理由なら言えるわ。ひとつしかないもの」
「お、おい。ナマエ」
「レオーネのチャーミングな笑顔が好きなのよ」
「ヒュー!」
「……ですって。アバッキオ」
「ナランチャ、フーゴ!ウルセー、聞こえてるっつーんだよ」
不意に打ち明けられたナマエの告白に、アバッキオは唸りながら顔を隠す。同僚の珍しい姿にナランチャは口笛を吹いて囃しフーゴはトンと肩を叩いた。
「互いにベタ惚れってわけね。確かにさっきナマエちゃんと話してた時のアバッキオの顔は、見たことない穏やか〜な顔してたぜ。アバッキオもあんな顔出来るんだな」
「よし、ミスタ。表出ろ」
「ダメ」
ミスタの言葉に照れ臭さも加わり、耐えきれずにアバッキオがテーブルを離れようとする。ナマエはその手を掴んで引き留めた。
「……そろそろ二人っきりにしてくれる?私たち、久々のデート中なのよ」
ナマエの手がするりとアバッキオの首に回り、頬を撫でる。引き寄せられたアバッキオは勿論、見ていたミスタたちもドキリと胸が高鳴った。
ナマエがアバッキオの頬にすり寄りながらミスタたちから視線を外さずに無言で訴えると、ミスタたちは慌ててその場を去っていく。
「……オイ。秘密にして欲しいって言ったのナマエだろうが。これじゃあ意味ねぇぞ。あいつら、明日にはブチャラティに話しちまってる」
「それならそれで構わないわ。いくらでも対処の方法はあるのよ」
「怖ェ女だな」
「お互い様でしょ……もう黙って。邪魔された分、遅れを取り戻したいわ」
ナマエのフーシャピンクがアバッキオのモーヴに重なる。
大粒の青ラメがアバッキオのモーヴの上で、照明を受けて星のように輝いた。ナマエがアバッキオの口唇に指を這わす。
「コペンハーゲンを飲むのは今夜で終わりね」
「次からはサイドカーにしな」
二人は笑顔で飲みさしのカクテルグラスを合わせてカチンと乾杯した。
モドル
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