アジトでひとり留守番をしながら経費の精算をしていると、ふわりとイランイランの香りにホワイトフリージアが後から香ってくる。
ナマエがすん、と微かに鼻を鳴らして顔を上げると、予想通りブチャラティのスタンドであるスティッキィ・フィンガーズが立っていた。
その傍らに持ち主であるブチャラティの姿はない。
彼は何故かブチャラティの意思とは関係なくふらりとナマエの前へ姿を見せる。そしてその前触れとして先程の香りがするのだ。
不思議とブチャラティからはその香りはせず、他のメンバーにも聞いてみたがスタンドから匂いがするなんて聞いたこともないと言われて一笑に付された。

「スティッキィ・フィンガーズ?」

「…………」

目も耳も鼻も青い甲冑のようなもので覆われていて、唯一見えている口も閉じたままである。それでもナマエの声は聞こえているようで、呼び掛けに応えるようにスティッキィ・フィンガーズがデスクにいるナマエの隣へやって来る。

「ブチャラティは?何処?」

スティッキィ・フィンガーズは人差し指で床を指してブチャラティが階下に居ることを伝えた。
椅子に座るナマエの横から彼女の手元をスティッキィ・フィンガーズが覗く。数字の羅列など見えているのか、見えているとして理解できるのか謎であるが、ナマエのしていることを何かと見たがるのだ。まるで子供が母親の後を追うように。

「何処か間違ってる?」

「…………?」

「スティッキィ・フィンガーズには解らないか……。これも大事な仕事なのよ」

ナマエの質問に首を傾げたスティッキィ・フィンガーズがナマエの頭を撫でる。
スタンドはスタンドでしか触れ合えない。実際にはスティッキィ・フィンガーズの手がナマエの頭に乗るようになっているだけなのだが、その手つきは子供を誉める時のものである。
ナマエがぽかん、とスティッキィ・フィンガーズを見上げると、彼の唯一見えている口元が弧を描いた。
目元は見えないがにっこりと笑っているのが解って、ナマエはその表情に胸をときめかせる。
次にスティッキィ・フィンガーズの腕がそのままナマエの背中に周り、身体を寄せてきた。

(……これはハグをしているつもりなのかしら?)

温度も触感もないのにイランイランとホワイトフリージアの香りだけは強く香ってきて、ナマエの嗅覚を刺激した。
くらくらと花の匂いに酔っていると、スティッキィ・フィンガーズがナマエの足元に跪き、ナマエの膝の上に置かれた左手に軽く拳を当てた。

「……え、……これって……」

左手の薬指に取り付けられた金色のジッパーは真新しいリングのように光っている。
戸惑うナマエにスティッキィ・フィンガーズはたった今取り付けたジッパーの上から口唇を押し当てた。
感触はなくとも視覚からの情報だけでキスだと十分解る。

「え、ス、スティッキィ・フィンガーズ……一体どういう……?」

首まで真っ赤に染めたナマエが金魚のようにぱくぱくと口をさせながら理由を問えば、スティッキィ・フィンガーズはデスクの上に置かれた精算表の数字を指差していく。
4424113234。
首を捻るナマエにスティッキィ・フィンガーズが何度も同じ数字を指で示し、そして二桁の数字ずつに分けて指差している事に気付いた。
44 24 11 32 34、となるその数字の羅列にナマエはふと先日読んだミステリー小説のトリックを思い出した。
ポリュビオス暗号である。
数字と文字を組み合わせた表を用いた換字式暗号の一種だ。
Aなら11、Bなら12、と言った風になる。
縦横5枡ずつで、4枠目はIとJは同枡だがイタリア語にJは用いない為、スティッキィ・フィンガーズが指す4はIの筈である。
その法則に当て嵌めていくと、44はT、24はI、11はA、とナマエは浮かべて全て解いた後、パッとスティッキィ・フィンガーズを見た。
T,I,A,M,O,……Ti amo.“愛しています”。

「ス、スティッキィ・フィンガーズ……!」

スティッキィ・フィンガーズは想いの伝わった事が解るとナマエの顔に口唇を寄せてくる。
触れ合う事はないのに、ナマエの胸はドキドキと高鳴り破裂しそうだった。
重なりそうになるその瞬間、ドアがバンッ!と勢いよく開いて血相を変えたブチャラティが入ってくる。

「スティッキィ・フィンガーズ!!!!!!!!!」

ナマエにキスしようとしている己のスタンドを目撃して、ブチャラティは珍しく狼狽した。

「何してんだ、お前ーーーッ!?今すぐナマエから離れるんだッ!!」

「………………」

明らかに不満そうな顔をしているスティッキィ・フィンガーズがナマエの首に腕を回して首を振る。

「ブ、ブチャラティ……これ……」

ナマエがすっと左手を掲げてブチャラティに薬指についたジッパーを見せた。あくまでナマエはどうしよう、これ、と言った意味で言ったのだが、ブチャラティからしてみれば結婚の報告をする有名人がよくするポーズと同じである。

「なッ!?ナマエ……!スティッキィ・フィンガーズ!!ナマエに何してやがるッ!!」

「…………」

「ナマエの事を愛している、だと!?何を言ってるんだ、お前!?」

「…………」

「いやいや、無茶を言うな!」

「…………!」

「だからってお前が勝手にしていい訳ねぇだろーが!」

スティッキィ・フィンガーズはブチャラティのスタンドなので彼と意志疎通が可能だが、ナマエには何の事を話しているのかさっぱり解らない。
しかし本体であるブチャラティの心を映し出すのがスタンドであるスティッキィ・フィンガーズなのだから、スティッキィ・フィンガーズがナマエの事を愛しているならばブチャラティもまたナマエの事をそう想っているのは明らかである。
いつかこの左手の薬指に本物のリングを嵌める日が来るのだろうかと思いながら、ナマエは目の前で言い合いを続ける二人(?)を眺めたのだった。
コバルトブルーの怪物を飼っている

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