「Aはエイミー かいだんおちた」

ベィビィにアルファベットを教えているメローネの背中をナマエはベッドに横たわったまま少し後ろから退屈そうに眺めていた。
子供にアルファベットを教えるのにエドワード・ゴーリーを読み聞かせるのはメローネくらいのものだ。
子供たちが無惨な最期を迎えるアルファベット・ブックの表紙には黒い傘を持った不気味な骸骨男と子供たちが描かれている。

「Kはケイト まさかりぐさり」

メローネの抑揚のない声と文面が一致しない。それでもベィビィは拙い声でメローネの言葉を繰り返す。
そうしてZのジラーがジンを深酒したところで本を閉じたメローネにナマエはやっと声を掛けた。

「他に本なかったの?」

「アルファベットは基本だろう」

「もっと楽しい本を読んであげればいいのに」

「……じゃあ『不幸な子供』にするか」

「それ楽しい?」

「人生ってヤツがとんでもなくゴミだってことが解る本だ。君も好きだろ」

「好きだけど、子供に聞かせるのとは違うじゃん」

「どう違うんだ?」

メローネの解らないと訴える目に、ナマエはああ、まただと思う。
暗殺者チームはメンバー全員何処か箍が外れているけれど、メローネは抜きん出ている。
不安定で無機的で、それでいて女性にある変質的に執着する。
情緒だとか機微だとかまるで端から知らない風に、今のように真顔で聞いてくるからナマエは面食らってしまう。

「アルファベットも良いけどさ、違うことも教えてあげたら?」

「例えば?」

「例えば……?……愛、とか?愛は教えないの?」

「愛を教えることは不可能だぜ、ナマエ」

「……え?」

「ニーチェだよ。君こそ少しは勉強した方が良いぜ」

メローネはそう言って本棚からニーチェの本を取り出してナマエに渡す。
メローネの視線に促されてナマエはページを捲ったが、取っつきにくい哲学の文にすぐに本を閉じた。
てっきりメローネは「愛なんて必要ない」と言うと思っていたが、まさか哲学書を渡されることになるとは思いもしなかった。
メローネからしてみれば「愛は教えないのか」というナマエの質問にその可否を答えたのは質問の意図に合っているのだから、複雑そうに本を避けるナマエの方が解らない。

「その顔、嫌いだな」

「え?」

「マンマがよくしてた。“この子の考えていることが解らない”って顔だ」

「……私、そんなつもりは」

「だろうな。別にマンマが悪い訳でもオレが変な子供な訳でもない」

「うん」

ナマエはメローネの口からマンマと聞いたのはこの時が初めてだった。
偏見ではあるがスタンドの特性から母親というものに捻くれた思想を抱いているのだろうとさえ思っていた。

「産まれてくる腹を間違えた。それだけだ」

メローネはそう言うと、点きっぱなしになっていたテレビに目を向ける。
ニュースキャスターが我が子を虐待していた母親の逮捕を報せていた。母親の供述は独りよがりなものばかりで聞くに耐えない。
メローネがテレビ画面の中の母親をじっと見つめながら呟いた。

「愛情からなされることはいつも善悪の彼岸で起こるんだぜ」

「……もしかしてメローネのマンマって……」

「もう死んでる」

メローネはナマエの言葉を遮るように事実を語り、テレビを消す。ブツリと切れる音がやけに耳についた。
いつの間にかベィビィはお昼寝の時間になっている。

「ナマエ」

メローネがナマエの上に覆い被さってキスを落とす。彼のラベンダー色の髪がさらりとナマエの頬に掛かる。
マスク越しの目に情欲の火は灯っていないのを見ると、これはきっと甘えたいのだろうとナマエは察してメローネの頬に手を添えた。

「俺が初めてスタンドを出現させた朝にマンマは死んだんだ。俺のスタンドの初めての母体となった女は……」

「メローネ」

「   だよ」

メローネの口角がきゅっと上につり上がる。貼りつけたような笑顔にナマエの背筋がぞくりとする。
そんなナマエに気付かないメローネはするりとナマエの腹に自分の耳を押し当てて上下する腹を撫でた。

「なァ、ナマエ。いつかアンタに俺を産んで欲しいよ」

「俺?俺の子、じゃあなくて?」

「そんなの嫉妬で気が狂っちまうよ」

「嫉妬するんだ」

「当たり前だろ。俺がアンタの腹から産まれたいんだから」

「でもどうやって?」

「そんなのどうとでもなるさ。だから俺を産んで愛してくれ」

「今のメローネを愛するんじゃあ駄目なのね」

「俺が欲しい愛はそれじゃあないからな」

メローネはそう言うとナマエを抱き締めて眠りにつく。
穏やかな寝息と腕の重さにナマエもゆっくりと瞼を閉じた。



海が月を孕んだ朝にぼくの美しい母は死にました

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