何度目かのブチャラティとのデートの終わり。
玄関まで送ってくれた彼との別れを少し名残惜しく感じながらも、それじゃあとドアノブを引くと、ブチャラティが閉まりかけたドアに手を掛けた。
「ブチャラティ?」
見上げると、ブチャラティは口元へ人差し指を添え、細めた青い目で私を見つめている。
「悪い男に攫われちゃくれねぇか?」
まるで内緒話をするように囁かれた声は悪魔のように美しかった。言葉だけでは私の返答を求めているが、有無を言わせない意図を含んでいるのはブチャラティの顔を見れば解る。
「私、死ぬの?あなたに殺される?」
「どうして死ぬんだ?愛してるんだから殺す訳ねぇだろ」
「それなら、いいよ。攫って」
そう頷けば、ブチャラティが一瞬目を丸める。自分から聞いたのに驚くなんて、悪い男ならそんな事しないわ。そんな私の言葉に今度こそブチャラティはからからと笑った。
あれから数ヶ月。
後に聞けば、あの時のブチャラティの言葉はプロポーズだったらしい。それを受けてしまった私の左手の薬指には指輪代わりのジッパーがつけられた。
そしてブチャラティの妻となった私はブチャラティの用意した部屋で不自由なく暮らしている。
私好みのインテリアに青を基調としたファブリックは見事に調和が取れていて居心地が良い。開けた窓から入る風がグラデーションがかった青いカーテンを揺らす度に海の中にいるような気になる。
季節はもう夏だ。
窓の外の景色を見れば、遠くに海面がキラキラと光っているのが見える。きっと外は暑いのだろう。ここにいると季節も気温も解らないのもこの部屋を海だと錯覚させた。
ガチャガチャと鍵を回す音が聞こえ、ブチャラティが部屋のドアから顔を出す。
「ただいま、Amo.」
「おかえり、ブローノ。外、暑い?」
「そう言うと思って、土産だ」
「わ!アイスだ!Grazie!」
頬にバーチするつもりで顔を寄せれば、顎をとらわれてキスされた。そのままソファに押し倒される。
「アイス溶けちゃう」
「随分つれねぇ事言うじゃあねぇか」
「私に食べさせるつもりで買ってきたんじゃあないの?」
「まぁな」
私がジトリと睨むと、ブチャラティはひょいっと眉を上げて肩を竦め、私の上から退くと私の身体を起こしてくれる。
「今日は何してた?」
「……んー……ブローノを送り出してからまた寝て、お昼頃に起きて昨日ブローノが買ってきてくれたパン食べて、読みかけの本読んでたらまた眠たくなってお昼寝して、暑くて起きたから窓開けて、海見てたらブローノが帰ってきた」
ガサガサと袋を開ける。バニラアイスだった。一口齧れば程よく溶けていて美味しい。
「……海?」
「うん。ここの窓から遠くにだけどちょっぴり海が見えるの。水面がキラキラしてて綺麗だった。もう夏なのね」
「ああ、そうだな」
海に行きたいとも行こうともお互いに言わなかった。
あの日、目の前にいる悪い男に攫われてから私はこの深海のような世界からは抜け出せない。
ぼたり、と溶け出したアイスが太ももに垂れた。ざらりとしたブチャラティの舌が私の太ももを舐める。
「愛している」
「私も」
私の言葉が嘘かどうか、きっと彼には解ってしまっただろう。
ワールズエンド·ディープブルー
その青は世界の終わりに似ている
※フォロワー様より台詞拝借