例えば車がたくさん走っている交差点に飛び出せばどうなるだろうか。または高い橋から飛び降りたらどうなるか。なんてそんな事は分かりきっていて、分かりきっているからこそ歩道の白線に立っている時なんかにふとそんな考えが過る。
別にそれを本当にやるわけじゃあない。やる訳じゃあないのに、話の流れでそんな事を話したら目の前の彼女は細い眉を顰めて窺うように僕を見た。
「そんな目で見なくたってやりゃあしない」
「どうかな」
「あのなァ。君がどう思ってるか知らないが僕にだって分別くらいはあるよ」
「分別がある人は自宅を全焼させたりしないと思うけれど」
「あれは……ッ!僕のせいじゃあないだろッ!」
「リアリティーを求めるのは良いけれど、それって命あっての事でしょ」
「僕だって死にたいなんて思ってないよ。流石にね。経験として興味がないと言ったら嘘になるけど、君の言う通り死んでしまったら、その経験を描けなくなる」
「……簡易的な死なら毎日経験してるじゃあないの」
「簡易的な死?」
「睡眠よ。毎日、寝るでしょ。目を閉じて、意識がなくなるのだから、擬似的な死だと思わない?」
「擬似的な死、ねぇ……。あまりにも安らかな死だな」
微かに笑って出た言葉に彼女も同じように笑って、テーブルの上にアルミのシートを並べる。
指で押し出せば、白い楕円形の粒が彼女の手のひらにコロンと出た。
「……それ、何錠飲むんだ?」
「ひとつ。ひとつで十分なの。露伴くんが言う、安らかな死にはね」
彼女はそう言ってその一粒を口に入れ、水とともに飲み込んだ。
上下に動く彼女の細く白い喉から目が離せなかった。
「なァ、夢は見るのか?」
「ううん。夢は見ない。ただどろりと眠るだけ」
「……なァ、君。間違っても2つ以上飲むんじゃあないぜ」
「飲まないよ」
「どうかな。君だって魔が差す事くらいあるだろう?」
「……その時は露伴くんに真っ先に電話するわ」
「そんな電話出たくもないね」
つい出来心で、なんて言葉は彼女の口から一生聞きたくない。
きみがしんだら許してあげない
ワンライ「魔が差す」