「Dio ti benedica.」
母の口癖だった。
髪を撫でて額にキスをして抱き締めた後、必ずそう言うのが決まりだった。
マニキュアの剥がれた歪な爪は俺の髪を梳き、粗悪な口紅が塗られた口唇は俺の額に赤を付け、母のものでもオレのものでもない見知らぬ誰かの体臭を纏った腕はオレの背中に回った。
神様なんていないよ。
オレたちがこんな場所で生きているしかないのがその証拠じゃあないか。
既に理解していたそんな言葉は一度たりとも母に言った事はない。
オレはどこまでも愚かしい母が好きだったから。
母に受容し承認してもらえれば、それだけでオレは良かったから。
「それなのにどうしてこんなスタンドになったのか?って顔してるな」
「そりゃあまあ……ね」
どうしてこうなったのかメローネの昔話に付き合う羽目になってしまい、意外にも家族の話で珍しいなと思いつつ耳を傾けていたらメローネらしいザラリとした後味のある話で、うっかり感情を素直に表情に出してしまった。
「神が与える祝福とは何だと思う?」
「難しい事、聞くなぁ……えー……キリスト?」
「やはり中々鋭いな。人間にとっての幸福とは何だと思う?」
「メローネと問答してたら知恵熱出ちゃう」
「オレの事、愛してるか?」
「え、……愛してるよ」
「人殺しでも?」
「うん。私もそうだし」
「これが幸せだ」
「解かんない」
「ありのままの姿を肯定し受け入れられたら幸せだって事だ」
「ふぅん。それがそのまま人間にとっての幸福に繋がるわけ?」
「理論上はな。現実を見るとクソッタレだが」
「でもどうしてそんな話を私にしたの?母親の事まで持ち出して」
「……祝福の反対は何だと思う?」
「受容、承認の反対だから、否定とか拒否?」
「そう。そしてそれは呪いだ」
マスク越しのメローネの片眼がそこひのように見えて、背筋がぞわりとする。
踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまったのかもしれないと思うがもう遅かったのだと瞬時に理解した。
「さっき、どうして母の話をしたか聞いたよな?ここからが肝心なんだ。母はオレを愛していたしオレも母を愛していた。似たもの同士の親子だからな、互いに受容してくれる存在が必要だったんだ。ただそれだけなんだ。母はそれがオレじゃなくても別に良かった」
何処かでテレビがついているのか、ずっと砂嵐が鳴っている。ノイズ混じりの中でもメローネの声はやけに通って聞こえてきた。
「母はオレのベイビィの最初の母体になったよ。母が初めてオレを否定し拒んだ夜、気付いたら母はバラバラになっていた。残ったのはオレと呪いが具現化したみたいなベイビィだけだった」
静寂。
誰か砂嵐に気付いてテレビを切ったのか、月が冴えていく音すら聞こえてきそうな程の静寂が部屋いっぱいに広がっている。
「さて、ようやく本題だ。もう一度聞くが、オレの事、愛しているか?」
我が愛を祝福せよ
ワンライ「祝福」