アジトのソファに座ろうと思って腰をかがめたところで、背中にドスッと何かが乗った。

「おっと、小さすぎて見えなかったぜ」

私にぶつかっておきながらイルーゾォはそう言いつつも決して謝らずにニヤニヤとした笑みを浮かべている。
彼のこうした陰湿な嫌味は今に始まった事ではないし私もいちいち言い返したりはしない。
背中に乗った足を払うと買ったばかりのシャツにでかい足跡が付いていた。一発殴ってやりたい気持ちを抑えていつも通り薄く笑ってその場を離れるだけだ。

「ジャッポーネの女はチビだからなァ、俺の視界に入らないのは何もお前だけのせいじゃあないぜ?」

ハイハイ。
ムカつかない訳ではない。心底ムカついているが相手にするだけ時間と酸素の無駄だ。
イルーゾォが私の祖国絡みで弄ってくる事自体ナンセンス過ぎて怒る気さえ起きないし、私が言い返しもせずにニコニコしていれば図に乗ってくるような男がイタリアの男だと言うならイタリアーノは全員腐っているのだろう。少なくともイルーゾォの論法で行くとそうなる。
わざわざこちらが気を遣って話し掛けないようにしているのに、この男は何が楽しいのかいちいち私に突っかかってくる。暇人か、他のメンバーから余程相手にされないのか。
ふとした考えが頭を過ぎる。良い機会なのでこちらもひとつやり返してやろう。
ソファから立ち上がって部屋から出ていこうとドアの手前くらいで立ち止まり俯く。髪で表情を隠し鼻を啜ると、すぐ後ろでイルーゾォが身動ぎするのが解った。
ひっく、としゃくり上げれば、背後でギシリとソファが軋む音がする。

「な、なにも泣くことないだろうが……!」

「……謝って下さい。これまでの事全部」

「オレが悪かった。悪かったから、泣きやめって……」

私は俯いたまま答えると、動揺したイルーゾォが後ろから突然私を抱きしめてきた。真剣な声で懇願するように腕の力を強めては私のつむじにキスを落とす。
何してんだ、この男。ふざけんなよ、セクハラじゃあねぇか。パワハラの次はセクハラかよ。

「…角のジェラート奢って」

「解ったよ」

何か奢ってもらわにゃ気が済まない。ジェラートひとつで済ます私の寛大さに感謝してほしい。
なのにイルーゾォは頷いて私のつむじにまたチュッチュッとキスをする。返事のついでみたいにしたけど駄目だからな。許さん。

「じゃあ今から買ってきて下さいね。ピスタチオとチョコレートのダブル、コーンでお願いします。あとその隣の店のショーウィンドウにあるシャツも欲しいです。今着ているシャツにはあなたの足跡が付いてしまったので」

「あっテメェ!泣いてねぇじゃねぇか!!」

「裏切りと涙は女のアクセサリーなんですよ」

振り返った私の顔を見たイルーゾォは私の目に涙が浮かんでいない事に気付いて声を上げる。
こんな世界にいて、女の涙が本当なのか嘘なのか見抜けない男が悪いのだ。
悔しがるイルーゾォに私はずっと気になっていた事を尋ねた。

「もしかしてイルーゾォって、好きな女のコの事苛めるタイプ?」

私の質問に一瞬面食らったイルーゾォの顔がじわじわと赤く染まっていく。

「……へぇ?」

「な、バッ……違ッ!別にお前の事なんか好きじゃあねぇ!」

「いや……私の事、とは言ってないけど」

「ふぁぁぁ〜!!」

あ、ガチなんだ。
真っ赤になった顔を両手で覆って叫ぶイルーゾォを見て私は確信した。つむじにキスまでしてたしね。あれはセクハラだから許さないけど。
黙っているとイルーゾォが涙目で私を指差して睨みつけてくる。

「調子に乗るなよッ!」

「吠え面かくのはあんたの方だよ、イルーゾォ」




You'll be sorry!


ワンライ「涙」
吠え面かくなよ!






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