この部屋のエア・コンディションは快適だ。
少し軋むけれど寝心地の良いベッドに日々変えられるファブリック。私好みのランプに白いレースのワンピース。お気に入りの本。水差し。美しいベネチアングラス。
はめ殺しの窓。外側に二重の鍵をつけられたドア。私の足首につけられた重たく不格好な鎖。
これが今私がいる世界の全てだ。
数カ月前から私はある男によってここに監禁されている。
背の高い彼は私がかつて働いていたバールの常連客だった。カウンター越しでしか会話をした事がないのに、彼は私を好きだといい誘拐しここへ連れて来た。
彼の名前を知ったのはここへ来てからだ。リゾット・ネエロ。変わった名前だが本名だと言う。
彼はその特徴的な目で私を見つめながら愛を囁き、私の美しさ高潔さを語り、鎖で繋いだ足の甲にキスをする。

「君を愛している」

「君は美しい」

「俺は君のしもべだ」

そう譫言のように繰り返しながらも決して私を解放しようとはしなかった。
それ以外何も求めてこないのも逆に気味が悪い。
私がベッドに腰掛けていようと、横になっていようと、リゾットはただその姿をうっとりとした眼差しで眺めてくるだけで私の身体には触れてこようとはしない。

「君への愛の証だ」

そう称して足の甲へ口唇を押し当てる。
足の甲へのキスは隷属を意味すると聞いたことがある。
私を監禁しているくせに、私に隷従の意を表すリゾットが気持ち悪かった。
一度聞いてみたことがある。

「私を監禁してまでしたい事がこれなの?抱いたりしないの?」

別に抱かれたかった訳ではない。ただ恐ろしかったのだ。
その時、リゾットは少し驚いた顔をして首を横に振った。

「まさか君の口からそんな下品な言葉が出るとはな。やはり外の世界は君を汚してしまう。オレの手で触れるなんて以ての外だ」

神聖視もここまで来ると病的だ。
無論、私の背中に羽根などないし処女でもない。
こんな風にして閉じ込めた所で、人間はそれなりに汚れていくし澱んでもいく。血の匂いをさせている彼のような人間がするならば尚更だ。
毎月血の匂いを直に嗅いでいる女からしてみれば、リゾットが纏っている微かなそれに気付かない訳がない。
もしかして生理が来るなんて事も知らないんじゃないかとすら勘ぐってしまう。

「何か欲しいものはないか?」

「あなたこそ、私にして欲しいことがあるんじゃあないの?」

「……愛していると言ってくれないか?」

「言葉だけなら好きなだけあげるわ。でも私の心はあなたを決して欲しがらないしあなたを想うこともない」

「それでいい。神とは常に平等に不公平さを与えるものだ」

真っ暗な目を伏せて、リゾットが私の足にキスをする。
彼にそうさせている内は、このゲームは私の勝ちだ。




塗り潰された聖書片手に
愛を説く


ワンライ「真っ暗」






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