コーヒーを淹れたところでいつもの棚に砂糖が無かったことに気付いた。
お父様に頼んで買ってきてもらわなければ、と思いながら何処かに無いか探していると引き出しの中にいつもお父様が持ち歩いている小さな缶が入っていた。
それはお父様の隣から離れないセッコと言う少年の為にお父様が砂糖を入れていつも持ち歩いているものだ。
中を開けてみればやはり角砂糖が入っている。私のコーヒーに入れる分くらい分けてもらっても構わないだろう。娘である私を差し置いてお父様の傍に付き纏うセッコの事をいけないと思いながらも疎ましく思っていた。
お父様は立派なお医者様で、セッコは哀れな患者なのだ。

――あれは病気のせいで凡そヒトらしい事は何も出来ない。我慢も理性も保たない動物のようなものだ。だから私はあれを放ってはおけない。だけど忘れてはいけないよ。私にとってお前ほど大事なものはないという事を。愛しているよ。

お父様は毎晩ベッドの中で私の身体を撫でながらそう囁いてくださる。私はお父様の愛を疑わない。お父様にとって一番大事な私を私は守る為にこの家から一歩も外へ出ない。私が砂糖を買いに行かない理由はそれだけだ。
コーヒーに落とした角砂糖がポチャンと沈んで溶けていく。白い角砂糖が黒いコーヒーに溶けてなくなるのは簡単だ。
掻き混ぜてすっかり溶けきってしまえばあとは甘い甘いコーヒーの出来上がり。
今日のコーヒーは一段と甘い。もしかしてセッコ用の特別な砂糖なのかしら。いいえ。お父様にとって一番特別なのは私であってあの涎を垂らしながらでしかものを言えないセッコではない。
彼のギラギラした目を思い出してしまい、頭から振り落としながらコーヒーを飲み干した。カップを持つ手が震えている。自分でも分からない内にその場にしゃがみ込んでしまうと、どういう訳か床から上半身を生やしたセッコと目が合った。

「……セ、ッコ……」

「う、お、オ、お前……オレが見え、見えてるのか?」

貧血だろうか。幻覚が見えるのもそのせいだろう。まるで泳ぐように床を滑って近付いてくるセッコに私は必死で後退りする。

「近、寄らないで……ッ!」

「おやおやおや」

キッチンのドアが開いていて、買ってきたばかりの砂糖を持ってお父様が立っていた。
ああ、助かった。お父様ならこの苦しみをきっと楽にしてくださる。

「お父様……」

「……なるほど。セッコ用の砂糖を使ってしまったか」

「ぅえ!?オ、オレの甘いのォォッ!」

「セッコ。娘にお前のオアシスが見えているようだが?」

「ハッ!そうだ、った!見え、てるぜ!」

「お前にやる角砂糖は我がグリーン・ディから作ったオリジナルだ」

麦角アルカロイドを応用した自家製の薬だとうっとりした声で語るお父様は本当に私が知るお父様なのだろうかとぼんやりしてきた意識の中で思った。
テーブルの上に持っていた砂糖が入った袋をドサリと置いて、お父様が私の前にしゃがみ込む。私の脈や瞳孔などを確認した後にお父様はニコリと笑った。

「まさかお前にスタンドが発現するとはな」

「スタ、ンド……?」

「元々素質があったところに薬の副作用で引き出されたのか。面白い症状だ」

「お、父様……?」

「ああ。何も心配はいらない。これからもお前は私の可愛い娘だよ」

お父様が私を抱き締めて背中を優しく撫でてくれる。遠くなる意識の中で、こんなに興味深い対象を手放すものかとお父様の声がした。
ああ、やはりお父様にとって一番大事なのは私なのだ。私はお父様の愛を信じながらゆっくりと意識を手放した。



パパ、
昨日と違うやり方で愛して


ワンライ「副作用」






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