朝6時に起床してシャワーを浴びて化粧をする。少し濃いめにアイメイクをするのはこの国で東洋の女だと舐められないようにする為だ。黒髪をひとまとめにしてスーツに袖を通す。忘れ物がないかチェックしてヒールのストラップを留めて家を出る。
7時30分に行きつけのバールでエスプレッソと焼きたてのコルネを購入し、その隣の店で届いたばかりの新聞とタブロイド誌を買う。
8時、パッショーネ本部に到着。
直属の上司であるブチャラティに与えられた一室が私の職場だ。毎朝彼が来る前に、ブチャラティがすぐに仕事に取りかかれるようにこの部屋を整えておかなくてはならない。
重いカーテンを開けてデスクの上に先ほど買ってきたエスプレッソとコルネを置き、新聞とタブロイド誌はソファーのあるテーブルの上にずらして並べておく。窓際に置かれた観葉植物に霧吹きで水を掛けるのも忘れない。
8時30分を過ぎた頃にブチャラティがやってくる。
いつもと変わらない時間にお馴染みのスーツで相変わらずの美しさである。
「おはよう」
「おはようございます、ブチャラティ」
「今朝もコーヒーをありがとう。君はもう済ませたか?」
「いえ」
「なら、一緒に食べよう」
ブチャラティはにこりと笑って私の買ってきたエスプレッソとコルネを持ってソファーへ座った。私も向かい合わせになって座る。
毎朝苦手な早起きをして朝食を食べずに職場に持ち込むのはこうしてブチャラティと一緒のささやかな時間を過ごす為だ。
彼の周りには彼の美しさに釣り合うような美女がうじゃうじゃいて、その美女たちはブチャラティへの愛をストレートに伝えるのだ。
到底勝ち目のない私はこうでもしないと彼と一緒に過ごせない。それでも私にはブチャラティへ自分の想いを伝える勇気などなくて彼の仕事がスムーズにいくように働くしか出来ずにいる。
「今日の新聞も君が?」
「はい。他に何か欲しいものはありませんか?」
「……プライベートなことでもいいかい?」
「もちろんです」
「なら、頼もうか」
「はい」
「明日の夜、オレの名前でレストランの予約を二名、取って欲しい」
「……二名、ですか?」
「そうだ。相手が魚よりも肉の方が好きみたいだからメインは肉にしてくれるよう頼んでくれ」
「解りました」
「頼むよ」
そこからエスプレッソもコルネも味がしなかった。
ブチャラティがプライベートで誰かとディナーに行く。その予約を取らなくてはならないと思うと目眩がした。
いっそ予約がいっぱいで取れなければいいのにと意地が悪い事を考えながら電話をすればブチャラティの名前で予約が取れないなんて事はなくて、予約はすんなり取れてしまった。
「ブチャラティ。レストラン、押さえました。明日の夜7時の予約です」
「ありがとう。じゃあその時間にレストランで待ってるよ」
「……は?」
「ん?来てくれないのか?」
「私がですか?」
「そうだ。オレが君を誘っても良いだろう?」
「それは、良いですけど……。どうして」
「毎朝苦手な早起きまでしてオレの為に朝飯買ってきてくれたり新聞を揃えてくれたりする姿が可愛いから」
「……全部、気付いてたんですね」
「気付かない方がどうかしてると思うぜ」
毎朝コルネを食うのに熱視線を送られてたらな、なんて言ってブチャラティが笑う。
私は真っ赤になる頬を手で押さえながら、明日の夜に着ていくドレスを悩み始めていた。
吹き出しの外の作戦
ワンライ「言外」