学校から帰ってくると家の前に見たことのない黒塗りの車が停まっていてドキリとした。
ぎゅっと握った手に汗が滲む。リビングにはマンマが見知らぬ少年と話していて思わず立ち止まった。金髪を独特な髪型にまとめている美しい少年は私に微笑む。
「こちらの彼女が?」
「ええ、はい。娘です。……ブローノの妹です」
マンマが俯きながら掠れた声で私を少年に紹介した。
ブローノ、と言うのはマンマと前の旦那さんとの息子の名前で、私とは異父兄妹になる。
私は兄とは数年前、前の旦那さんが亡くなって、そのお葬式で会ったっきりだ。
初対面が教会で別れたのも墓地だった。互いの名前と年齢を言ってそれきりだ。
兄はギャングになったのだ、と帰り道にマンマから教えられた。マンマが兄はきっともう会ってくれないだろうと涙ぐんだ。棺を納める時、雨音に混じってマンマは泣いていた。その日マンマは愛しい人を同時に二人とも失ったのだ。
マンマの言う通り、それから兄からは何の音沙汰もなく今日までやって来た。
だが、今日ここへ訪ねてきたギャングは兄ではない。
「初めまして、お嬢さん。僕はジョジョ」
「ジョジョ……ドン・パッショーネ……」
「可愛いお嬢さんに知っていてもらえて嬉しいな」
「あの、今日はどういったご用件でしょう?」
「ええ」
私の質問にドン・パッショーネは足を組み直して言葉を選んでいるようだった。
代わりにマンマが口を開く。
「ブローノが死んだことを報せに来てくださったのよ」
「……え?」
兄が死んだ?
微かな記憶の中にある悲しみの海に浸っているようなブルーの瞳が揺らいで消える。
一度しか会ったことのない兄にそんな感情があったことに戸惑いながらも私は理由を尋ねた。
組織内の事だから詳細は教えられないと前置きされ、兄は敵マフィアとの抗争の中で命を落としたのだという。
既に兄は埋葬されていて、墓は兄が持っていた海の見える家の近くらしい。
「これがその家の住所と地図です」
ドン・パッショーネが一枚の紙をテーブルに置く。
マンマにはもう受け取る気力が残っていなかったので私がそのメモを受け取った。当然の事だが私には何の由縁もない住所だった。
「これからもあなた方の事はブチャラティに代わり、この僕が庇護をしていくのでご心配なく。──それでは」
ドン・パッショーネが家を出ていく。
私はメモを握りしめながら彼の後を追い、車に乗ろうとしていたドン・パッショーネの背中に声を掛ける。
「最後にひとつ教えてください!」
「どうぞ」
「兄は……兄は後悔していなかったでしょうか?何かをやり残していたとかそんな事は……」
「いいえ、お嬢さん。彼は、ブチャラティは自分の信じる正義を貫き、後悔する事なく逝きましたよ」
ドン・パッショーネは意外にも即答したので、逆に私の方が面食らってしまう。だが、兄が自分の生を謳歌したのならそれでいいと思った。
「……そうですか。それなら……良かったです」
ドン・パッショーネの言葉に私は少しだけ救われたのも事実だ。
兄がどうしてギャングの道を選んだのかすら知らないが、その生き方を悔いながら死ぬのは辛すぎるだろう。
「君はブチャラティに似ているね」
「えっ」
「アリーヴェ・デルチ、シニョリーナ」
ドン・パッショーネを乗せた車が走り去っていく。
残されたメモに書かれた住所にいつか必ず行こうと誓った。
遠くなる雨降りと
ざわめきを追えばそこは海
ワンライ「謳歌」