この街にいる人なら誰でも知っていると思うが、ブローノ・ブチャラティは誰にでも親切で誰からも信頼されている青年だ。
トラットリアの前を通ればランチはうちでと誘われ、パン屋の前を通れば焼きたてのコルネを渡される。シニョーラたちから身内の相談をされることも日常茶飯事である。
私や他のメンバーが道を歩いていても別れ際には必ずブチャラティに宜しく!と言われるのだ。
なのでアジトのキッチンにはいつでも焼きたてのパンや新作のドルチェが置いてあるし花瓶には花が絶えたことはない。

「チャオ、ベッラ」

「チャオ、ベッロ」

アジトのドアを開けてブチャラティが私に向けて挨拶する。メンバー内でもベッラ、ベッロと呼び合うのは彼と私だけで、こういう面でも配慮の出来る男だ。

「これを君に」

「綺麗な花だね、グラッツェ」

花屋の前でも通ってきたのだろう、私の目の前に白い薔薇が差し出される。
柔らかなベルベットのような花びらから香る薔薇に思わず鼻先を近付けてその香りを吸い込む。

「いい匂い。丁度前の花が傷んできたから交換しようと思ってたの」

花瓶を持とうとする私の手をブチャラティが掴んだ。

「その花は君に贈ったものだ」

「うん?」

「君に花を贈っても良いだろう?」

「そりゃあ良いけれど……。これ、花屋さんから貰ったんじゃあないの?」

「いや。俺が君へ贈りたくて買ったんだ」

「……それじゃあまるでブチャラティが私のこと好きみたいじゃない」

いつもと違う熱っぽい視線に耐えきれずに私は少しおどけてみせた。私は彼のことが恋愛対象として好きだが、今更どうこう発展するような関係ではないしブチャラティはモテる。それはもう嘘みたいにモテる。
気紛れで花を贈られて勘違いするなんてイタイ事はしたくなかった。その結果が馬鹿みたいな揶揄で、ほとほと嫌になる。
私の軽率な行動にブチャラティは眉をキュッと寄せる。言いにくそうにゴボンと咳払いまでしてくれなくても率直に馬鹿かと言われた方がまだマシだった。

「……好きじゃあいけねぇのか?」

「……は?」

「好きみたいって言ったが、俺がお前を好きでいたら駄目か?」

珍しく照れた顔でブチャラティが私を見つめるので、掴まれた手が心臓になってしまったのようにドキドキする。
金魚のように口をパクパクさせた私がやっと絞り出した言葉はお粗末なものだった。

「……駄目じゃないよ。嬉しい」

「そうか」

寄せていた眉をへにゃりと下げて安心したように笑うブチャラティにきゅんと来てしまって私はもう何も言えなくなった。
白い薔薇の花言葉を知ったのはそれから数日後のことだ。



君に相応しい僕だから


ワンライ「図星」






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