「暫く会えなくなる」

久々の呼び出しに指定された寂れたバーでホルマジオが呟いた。
その言葉に私が隣を見れば、彼は前を向いたまま少しだけ俯いて指でグラスの中の溶けかかった氷をくるくると回していた。
カウンターに置かれたショットグラスに僅かに残ったウィスキーが、氷の熱で希釈されていく。カランカランという微かな音が私の耳の奥に反響した。

「暫くってどれくらい?」

「早くて一週間ってとこだな」

「……ふぅん。そう。解った」

私はホルマジオがどんな仕事をしているのかハッキリとは知らない。ただ漠然と明るい場所で他人に気軽に言えるような仕事ではないのだろうと思っていた。
そしてそれを口に出してしまえば、ホルマジオはいつもの困ったような笑顔でいつもの口癖を言いながら私の目の前から姿を消してしまうことも何となく気付いていた。
彼が私の目の前から姿を消してしまうのか、それとも私が彼の目の前から姿を消してしまうのか、それは然程変わりのないことだ。
それほど私はホルマジオという男を愛している。

「相変わらずつれねぇなぁ」

「そんなことないわ。暫くってどれくらい?って聞いたじゃあないの」

「駄々捏ねたり連絡してとか言わねえじゃあねぇか」

「言ったら私の希望通りにしてくれたりするわけ?」

「好きな女の我が儘が聞きたいんだよ」

「叶えてくれる気はないのだから言うだけ惨めだわ」

「いい女だよ、お前は」

「グラッツェ。それで?何が望みなの?」

「話が早くて助かる。俺の猫を預かって欲しいんだよ。ホテルにまで連れていけねぇだろ?」

「嫌よ。私、猫アレルギーだもの」

あなたが帰ってこなかった時、猫をどうしたらいいの?と言う言葉はすんでの所でカクテルと一緒に飲み込んだ。
ホルマジオがわざわざ人を呼びつけてまで会えなくなる、だなんて言う筈がない。
帰ってこないホルマジオを猫と一緒に待つ自分の姿を想像して耐えきれなかった。

「なぁ、ガッティーナ」

「……何も言わないで。あなたらしくもない」

「……そうだな」

薄まったウィスキーを飲み干したホルマジオが店を出ていく。
カウンターにひとり残された私は今夜見つめることの出来なかったホルマジオの瞳の代わりに、グラスの縁に渡されるカクテルピンに差されたグリーン・ジェリー・ビーンズをずっと見つめていた。


ターニングポイント


ワンライ「ターニングポイント」






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