街の角にあるレストラン。
至って普通のありふれたレストランの入口に、街の見回り途中のアバッキオとアデレードが目立つ人物の背中を見つける。
「あら、ブチャラティだわ。何してるのかしら?」
「あー……さぁな。昼飯でも食うんだろ、行こうぜ。……オイッ!」
アバッキオの言葉を無視してアデレードはブチャラティに近付き、彼の肩をポンと叩いた。
「Ciao,ブチャラティ!これからランチ?」
「アッ!?アデレード!?アバッキオまで……!」
「オレは止めたからな」
「なぁに?慌てて。入らないの?」
「いや、うん。あー……ランチなら他行かないか?混んでるようだ」
「そう?まだ12時前よ?」
「アディー。そういう事ならとっとと他行こうや」
アデレードがレストランの中を覗こうとするとそれを遮るようにブチャラティは身体を揺らし、アバッキオはアデレードの手を引く。
「もう……今日は二人とも変ね?」
レストランの入り口でそんなやり取りをしていればただでさえ目立つのに、この三人ならば尚更だった。声を聞きつけてレストランの中からひとりのウェトレスが出てくる。
「あ、ブチャラティさん……!」
「エルマ……!!やぁ、元気かい?あれから調子はどうだ?」
「お陰様で……!その節はお世話になりました……!あ、ランチ!ランチですよね、どうぞ!」
「あ、あぁ……」
彼女とぎこちないやり取りをしたブチャラティは先程とは打って変わってレストランへ入っていく。
「オ、オイッ!アディー!……ハァ……」
アバッキオの止める声も聞かずにアデレードがその後に続いたので、アバッキオはこめかみを抑えつつ彼女の後を追った。
「本日は3名様でのご来店、ありがとうございます」
「は?アデレード!?アバッキオ!!」
「オレは止めたからな、これでもよ」
数分前と全く同じやり取りをする二人をよそにアデレードがエルマににこりと笑いかける。
「今日のおすすめは何かしら?」
「本日はいい白身魚がありますよ。ドルチェならレモンのケーキがおすすめです」
「Bene!それをいただくわ」
アデレードは三人分頼むとエルマがメニューを持ってテーブルから離れた。
「あ、ブチャラティさんにはいつものピッツァもお持ちしますね!」
「あ、ああ!Grazie!」
結局同じテーブルにつく羽目になり、ブチャラティとアバッキオは視線を彷徨かせる。
「なぁに?さっきからあなたたち変よ」
アデレードの言葉に返事をうやむやにしていると、エルマがカトラリーの準備をするのに戻ってきた。ぐるりと一周すると今度はグラスに水を注いでくれる。
「Grazie.」
「Prego.」
ブチャラティと言葉を交わしたエルマはにこりとしてまた離れた。ブチャラティが彼女の後ろ姿をじっと見つめているのに気付いて、アデレードはああ、と呆気ない声を漏らす。
「なんだ、そういう事。ブチャラティってば水臭いのね」
「何の事だ?」
「可愛い恋人に会いに来たって言ってくれれば、邪魔しなかったのに」
「恋人!?」
「エルマよ。あなたの恋人でしょう」
「ま、待ってくれアデレード!彼女とオレはそういう関係じゃあ……!」
「今更隠さなくたっていいわ」
慌てるブチャラティをよそにアデレードは微笑んだ。そこへエルマが料理を運んでくる。
「お待たせしました」
「Grazie.ブチャラティとの折角の時間を邪魔しちゃってごめんなさいね」
「へ?いいえ……?」
「あなたが恋人だって教えてくれなかったのよ、彼」
「恋人!?ち、違います!!」
「あらあら……」
今度はエルマが慌ててテーブルから離れていってしまう。それを眺めながら、アデレードはきょとんとしてからブチャラティをジトリと見た。
「……つまりは二人して想い合っているのに、お互い尻込みしてるって事なのね?」
「う……まぁ……そういう事だ……」
「あなた、本当にイタリアーノの血が流れてるのかしら」
「うっ……これから本気を出すぜ……」
「本気を出“した”、なら使ってもいいわ」
「おい、アディー。それくらいにしておいてやれよ。こいつらにはこいつらのペースもあるだろ」
とっとと食って出ようぜ、とアバッキオがアデレードを促し、彼女も肩を竦めて食事を始めた。
ブチャラティは深々と溜息をついて、次からはエルマに渡す為の花でも用意して来ようと心に決めるのだった。
恋人たちの為の
レチタティーヴォ
自然なリズムで