南イタリアの空に美しい太陽が今日も変わらず眩しく輝いている。
そんな暑さの中、ミスタは先日幼なじみとは気まずく別れた公園のベンチに座っていた。彼女と約束がある訳でもない。ただあの時と同じようにベンチに座る自分の横には温くなったレモネードの瓶が置いてある。残り半分ほど入った瓶は水滴を垂らして、ベンチにしみを作っていく。
「ミスタ?」
不意に声をかけられたミスタがハッと顔を上げると、アデレードが立っていた。
陽差しを避けるように大きなつばの麦わら帽子の下の顔は今日も白く美しい。陽差しを浴びようと心がけ、日に焼けているフィアとは真逆な女だ。無意識にフィアの事を思い出して、ミスタの心はずしりと重くなる。
「ねぇ、大丈夫?気分でも悪いの」
「あぁ……いや。平気だ。ちっとお前が眩しかっただけだぜ、アデレード」
「見え透いた嘘で、私が喜ぶとでも思ってるの?」
「お前が眩しいのは本当だ」
「当然でしょ」
アデレードが首に纏わりつく髪をはらいながら答える。どこまでも画になる女である。
いつまでも立とうとしないミスタの隣にアデレードも腰を下ろして、飲みかけのレモネードに気付く。
片眉をぴくりと動かしただけで、何も言わずに少し離れた所でレモネードを売っているワゴンの店員に声を掛けた。男は喜んでキンキンに冷えたレモネードの瓶を2つ持ってきてくれる。
「美人は得だな」
「使えるものは何だって使うのよ」
カチン、と瓶を合わせてから互いに一口ずつ飲んだ。レモネードは冷えていて、甘さはそこまで感じない。
アデレードの首筋を伝って胸元に落ちていく汗を見て、フィアの褐色の肌を思い出して熱くなった。今日の気温など知らないがきっと今年一番の暑さに違いない。
「フィアの事?」
「ゲホゲホ!」
前置きもなく、その名を出されてミスタは思わず咳き込んだ。レモネードの酸味が喉を刺激する。
「やだ、図星?解りやすいわね」
ミスタがジトリと横を睨めば、アデレードはやれやれと言った風に肩を竦めた。
「私に言うみたいにフィアに言えば良いじゃあないの」
「そう簡単にはいかねェよ」
「何も失わずに何かを得る事なんて出来ないのよ。それが恋愛なら尚更ね」
「女神様は手厳しいな」
ミスタはハァ、と溜め息をついて、アデレードを見つめる。
「なァ、ちょっと頼みがあるんだが」
「なぁに?」
「オレの事、名前で呼んでみてくんない?一回で良いんだけどさ」
「グイード」
「……うん。あぁ、うん……」
案外あっさりと呼ばれてミスタは面食らう。簡単に呼べるのにフィアはどうしてあんなに頑なに呼ばなかったのか。どうして自分は意地になって呼ばせようとしたのか。理由は分かりきっている。美しいアデレードに名前を呼ばれても、自分の胸が高鳴らない事も。
「私に呼ばれても駄目なのよ。あなたのオレンジの片割れは私じゃあないもの」
空になった瓶をミスタに押し付けて、アデレードが公園を去っていく。
ミスタはジリジリと焼きつける太陽を見上げて眩しそうに睨みつけた。
薔薇とオレンジ
Your purity equals your loveliness