※原作死亡√

寂れたジャズバーには不相応なファツオリだった。
吸い寄せられるようにポン、と白鍵を叩くと意外にも調律はされている。続けてポロン、ポロン、と弾く。無意識に出たラフマニノフの一節に自分でもおかしかった。それをバーのマスターに見られていて、ピアニストが辞めたばかりだから弾いてみないかと声を掛けられたのは丁度3ヶ月前の事だ。
それよりも前の事は思い出したくない。思い出すには余りにも重く、苦しく、自責の念に捕われる。思い出さないでいよう、と必死になるくらいには覚えていた。だから夜のジャズバーのステージの端から彼女の姿をホールに見つけた時、危うく指が縺れてしまいそうだった。
ショーの後に歌手からミスを指摘されたが、珍しい事もあるのね、と彼女は眉を上げただけでサッとショールを羽織るとバーの裏口から出て行く。
その裏口のドアの影にさっき見つけた彼女が立っていて、ぼくに向かってひらりと手を振った。

「久しぶりね、フーゴ」

「……アデレード……。どうしてここに……」

「上手いピアニストがいるって言う評判を聞いて」

「ぼくの事を調べたのか」

「情報を鵜呑みにはしないわ。確率半々ってところよ。まぁ……でもあなたに会えて良かった」

「……今更ぼくに何の用です?調べたんなら、ぼくが今組織の中でどう呼ばれているか知っているだろう?」

腰抜け。臆病者。意気地なし。薄情者。冷血漢。ある意味、アイツが一番の裏切り者だ。死んだブチャラティたちも浮かばれない。それらの言葉に言い返す事もしない。彼らの言い分は正しい。

「ブチャラティは死んだわ」

「……知ってるよ」

「レオーネも、ナランチャも死んだの」

「ああ……知ってる」

「あなたが好きだった女の子も」

「…………」

「ロシア悲劇だってこんなのないわね」

アデレードの言う意味が今夜僕の弾いた曲に擬えているのだと解る。
バット・ノット・フォー・ミー。
世の中に溢れるラブソングも輝く星も、彼女とのキスの思い出もぼくの為のものじゃあない。
消せない思い出。埋まらない喪失。失くならない罪悪感。消えないサーラの面影。
ああ、サーラ。そうその名前を呼ぶだけでこんなにもまだ胸が苦しいよ。
でも、どれもこれも、何一つぼくの為のものじゃあない。今夜弾いたその曲でさえも。

「……用件は何です?まさか彼らが死んだ事を伝えにわざわざ来たわけではないでしょう?」

「あなたを迎えに来たの」

「……きみになら地獄へ連れて行かれてもいいな」

「馬鹿言わないで。そんなの私がまっぴらごめんよ」

「酷いな。相変わらずなきみが羨ましい」

「……車に乗って、フーゴ」

いつの間にか停まっていた黒塗りの車のドアが開く。アデレードはじっとぼくを見つめていた。組織に属している者が上の命令に逆らう訳にはいかない。あの時もぼくはそう選択した。今更間違えても構わないだろうと大人しく車に乗った。
ぼくの隣にアデレードが座ると、車は静かに走り出す。

「こんな事するのはぼくの為なんかじゃあないだろう?まさかきみの為?」

「あなたの為でも私の為でもない。ましてや死んだ人間の為なんかじゃあない。全てはボス……ジョジョの為よ」

「ああ……それなら星さえもきっと彼の為に輝くだろうね」




バット・ノット・フォー・ミー

Was I the moth or flame?




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