煙草の臭いがして、ペッシが目を開けると見慣れた薄暗い天井が見えた。
寝心地からするとソファに寝ているようで、顔を動かすとこめかみにズキリと鈍い痛みが走る。

「起きたか」

その声に視線を向ければ、プロシュートが向かいのソファに座って煙草を燻らせている。既に灰皿が吸い殻でいっぱいになっているところから察するとプロシュートはかなり苛ついているに違いなかった。
ペッシが痛みとプロシュートの様子からどうして自分はソファに寝ているのかと思案しすぐに思い出す。
メローネの話が終わった後勢いよくドアを開けてプロシュートが入ってきて、その表情から写真を持ち出したことに気付いたのだとペッシが弁明する前にプロシュートは持っていた本の角でペッシのこめかみを思い切り殴ったのだった。

「……すいやせん、兄貴……」

「テメーはいつからコソ泥になったんだ、あァ?つまんねぇことしやがって。俺たちはギャングなんだ。そこら辺のチンピラとは訳が違う。……ペッシ、ペッシ、ペッシよォ……そこをお前は解ってねぇ」

短くなった煙草にフィルターまで火が達してジジッと嫌な音を立てる。
プロシュートは煙草を消しながら、自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いた。丁度ペッシを殴った場所だ。

「随分とこそこそと嗅ぎ回ったみてぇじゃあねぇか。気に入らねぇのはそこだ。どうして俺に直接聞いてこねぇんだ?なァ、ペッシよ」

「……すいやせん……」

「ペッシ、ペッシ、ペッシよォ……それは答えじゃあねぇだろ」

「……俺だけ知らねぇのに兄貴の大切な思い出に踏み込むのが怖かったし、それに俺の知らないみんながいることも怖かったっス……」

「……Bene.及第点ってところだな。もう一度謝ったら二度とお前にはあの人のことを言わねぇつもりだった」

ペッシの答えを聞いたプロシュートは灰皿片手に立ち上がり吸い殻をゴミ箱へと捨てると、新しい煙草に火を点けた。
怒りは収まったらしい。

「気持ちの良い話じゃあねぇぞ」




プロシュートはかく語りき。
あの人の話なぁ……あんまり思い出したくねぇのが本心だ。
アイツらから大体聞いたんだろ?
──ああ、聞いた通りだ。
あの人は俺の教育係だった人だ。姉貴だよ。
まだ19の青臭ェガキだった俺に、ナイフや銃の使い方や身体の動かし方からテーブルマナーまで。ああ、あと酒と煙草もだ。全て教えてくれた。教えてくれなかったのは女だけだった。
……一度、それを指摘してからかってやろうと思って誘ったことがあった。ゲラゲラ笑って「プロシュートが良い男になったら乗ってやるよ」……こんな下品な返しがあるか?
冗談のつもりだったのに、そこからはもう意地だな。
──あァ?好きだったかって?
そりゃあ、好きだった。
9つも離れていたし生意気だったから、姉貴は俺のことなんざ手のかかる舎弟だぐれぇにしか思ってなかっただろうがな。
姉貴に認められたくて必死だった。今のお前と同じだ、きっとな。
──ネックレス?……ああ、ジェラートが喋ったのか。遺品?言い方が悪いな。これは姉貴から貰ったんだよ。デカイ仕事を成功させた褒美に何か買ってやるって言うから、俺がねだったんだ。
……ああ、姉貴は2年前に死んだ。
まだ33だった。ギャングとして、暗殺者としては長生きか?
俺はそうは思わねぇ。
俺たちは死んでも誰からも何とも思われない。だが、そうだからって早死にしてもいい理由にはならねぇだろ。
自分の舎弟の命を救って死ぬ。そんなの美談でもなんでもねぇ。まっぴらごめんだ。
救うなら自分の命だ。俺たちはそうやってここまで来たんだからな。ひとりひとりがそうやって生き残れば、次に繋ぐことが出来るんだ、と俺に教えた姉貴は俺を庇って死んだ。若ェヤツが残るんだとさ。……「任務も遂行する。弟分の命も守る。両方やらなきゃならないのが姉貴分のつらいところだ」なんて言ってよォ、結局姉貴はどっちもやった。自分の命と引き換えにな。
──写真を捨てたのも前に進む為だ。姉貴に貰った命を次に繋いでいかなきゃならねぇと思ったからだ。だが捨てる写真の最後の一枚になって、姉貴が俺の代わりに死んだのもそういうことなんじゃあなかったのかと気づいてよォ。
俺はそうやって姉貴からバトンを受け継いだんだ。
その覚悟は忘れちゃならねぇと思った。
思い出は美化しやすい。愛しければ愛しかった程な。



福音の小舟



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