はらはらと空から降ってくる雪は舞い降りてくる桜のようで、溜め息がもれる。手の中でだんだんと温もりを失っていくホットココアは、まだあと半分くらい残っていた。温かいうちに飲んだ方がいいんだろうけど、高価なものだと思うと簡単には飲めない。もう少しで船が来ると思うと、余計に。

「雪が降ってきているから、乗ったらすぐに中に入るんだよ。風は冷たいし、雪を被ったままだと風邪をひく。君は体が弱いから、風邪をひいちゃいけない。あぁ、それから…」

「ベルトルト、そんなに心配してくれなくても、私は大丈夫だから」

自分の首に巻いていたマフラーを外して私の首に巻いてくれる。その時に触れた指先が冷たくて、私は肩を竦めた。ベルトルトも私も、だいぶ冷えてしまっている。本当は一人で大丈夫だしベルトルトを早く帰らせてあげたいけど、まだ一緒にいたいというわがままな気持ちがそれをさせないでいた。

次また会えるのはいつだろう。ずうっと先かもしれないし、すぐ近くかもしれない。私は内地暮らしだし、ベルトルトは調査兵団で忙しいから、こうやって会えるのはたまにしかないのだ。

「また休暇ができたら手紙を送る。今度は僕がそっちに行くよ」

「駄目よ。せっかくの休暇なんだから、少しでも休まないと」

「会いたいんだ」

熱を求めるように私の頬を挟んだベルトルトは触れるだけの口付けを何度もくり返した。周りには沢山の人がいるのに、そんなことが気にならないくらい熱い。酸欠で頭がクラクラしてきて、私はすべてを彼に預けた。別れを惜しむようなキスに苦しくなって、ベルトルトの首に手をまわす。背の高い彼にすがるようにかかとを持ち上げたら、頬にそえられていた手が腰を支えた。

「…今日は、クリスマスなんですって」

「くりすます?何だい、それは。何かの記念日?」

「本を読んだだけだからよく分からないけど…なんとかって人の誕生日でね、さんたくろーすっていう人が、プレゼントをくれるの。東洋では恋人たちの日らしくて」

今日は帰りたくない。そう言ったら彼は困るだろうか。きっと明日からまた厳しい訓練が待っているだろうし、私だってお父様に怒られてしまう。

いつの間にか地面に落とされたココアはこぼれてしまっている。でもベルトルトとのキスの方が、私にとっては何倍もの値打ちのするもの。すぐに視界から消えた。

「それで、君はそのさんたくろーすに何をお願いするの?」

眉を下げて優しい顔をしたベルトルトは私の頬やまぶたにも口付けた。

「何も。欲しいものなんて、何もないのよ。ベルトルトがいれば、それでいいの」

私もお返しにキスがしたいけど、彼が屈んでくれなければ届かない。触れたいのに触れられなくて、仕方なく私は彼の首筋にキスをした。冷たいような熱いような、不思議な温度。
疲れた足を元に戻せば、また距離ができる。それを埋めるように私はベルトルトのコートをつかんだ。

「ベルトルトは何をお願いするの?」

髪を撫でる手に頬をすり寄せる。冷たい手にはもう慣れて、気持ち良さすら感じた。

「僕も君がいてくれれば、それでいいよ」

近くで船の音が聞こえる。もう、帰らなければ。手を離せば名残惜しさだけが中指に残る。本当は、手を伸ばしたいけど。

「さよなら。家についたら、また手紙を書くから」

頷いたのを確認して、背を向ける。振り返ったら動けなくなってしまいそうで、私はただ真っ直ぐ前だけを見て歩いた。きっとまたしばらく会えなくなる。そう思うと涙があふれそうになるけど、ベルトルトがいる間は泣けないと我慢した。出発を告げる笛が鳴って、私は足を速める。この船に乗ってしまえば、別れだ。

「……っベルトルト!」

船には乗らずに、私はベルトルトの元に一目散に走った。離れたくない、一緒にいたい。そんな気持ちが強くなって私を動かす。だって貴方は調査兵団で、いつ壁外調査に行ってしまうかも分からなくて。きっと残されている時間は、すごく短くて。

「な、んで」

驚いた顔をしたベルトルトは私を抱きとめると、額にかかった髪をどかした。私はベルトルトにしがみついて、離れてしまわないように強く抱きつく。

「ごめんなさい…!今日だけは、どうしても帰りたくなくて…」

年に一度の聖なる夜。ベルトルトと一緒に過ごせたらどんなにステキだろう。何度も考えた。抑え切れなくなった涙を、ベルトルトの胸に押しつける。潰れた鼻が痛かったけど、今はできるだけくっついていたかった。

「…いいよ。今日はずっと、一緒にいようか」

優しく笑ったベルトルトは私の肩を撫でて、まるで子供をあやすみたいに声をかけた。

「今日は恋人の日だもんね。ちゃんと傍にいるから、泣かないで」

私はこくこくと頷いて裾で目をこすった。そんなんじゃダメだよ、ベルトルトは親指で優しく拭うと、そっと目元に口付ける。そうすると不思議と涙が止まって、ベルトルトの顔がはっきりと見えた。なんだか気恥ずかしくなって、私は笑った。

「…メリークリスマス」

「ん、何それ?なにかの呪文?」

「幸せになれますように、っていう呪文」

髪を撫でるベルトルトの手に自分の手を重ねる。もう片方の手をベルトルトが握って、二人が繋がっているような感覚になる。そのことがたまらなく嬉しかった。


聖なる夜にメリークリスマス
(君に、めりーくりすます)

愛子
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