海軍に入ってからもう随分と経つが、生まれも育ちも一般的なここの人間とは異なる名前にはあまり話の合う友人というものはできずにいた。しかしゼロというわけでもなく、数少ない友人の一人がたしぎだった。

「たしぎちゃああん!」

「わ、名前さん、今日はだいぶお疲れのようですね」

年齢も階級も少しばかり名前よりは下であるたしぎは、敬語を外してくれることはないものの名前の数少ない貴重な友人である。更にはどこぞの黒檻のお姫様のように抱きついても邪険にされたりしないため、癒し成分は専らたしぎで補給していた。

「会えてよかった。またすぐスモーカーさんについてどっか行っちゃうんでしょ?」

「あ、いえ、本部に居残ると思いますよ」

「…あれ?麦わらはいいの?」

「………あれ?まだ聞いてませんか?」

そして続いた言葉に、名前は暫く仕事を休んでいたことを本気で後悔した。休みを溜め込んでまとめて一気に取る習慣が、まさかこんな結果を招こうとは。

「火拳のエースが捕まったから、どの道すぐ本部に召集されるだろうからって」

情報も何も回ってこなかった。まさか何も知らないまま、この日が来るなんて。いや知っていたところで何か手を打てたわけでもないのだけれど。表情を曇らせた名前に、たしぎは困ったように首を傾げて名前の手をとった。

「と、とりあえずお仕事のことはおいといて、今は飲みましょう!ね、名前さん!」

あまりに真剣な様子に、名前は少し噴き出しながらもその提案に乗ることにしたのだった。

他の誰と飲むよりもたしぎと飲む時が一番気が緩められる。それはたしぎがどこか抜けているからかもしれなかったし、他のキャラの濃すぎる面々の中で唯一ほっと一息つけるような性格をしているからかもしれなかった。とにかく名前は、たしぎと飲む時に限っては割と箍を緩めて酔いに任せることが多かった。

「うぅ〜、たしぎちゃん、私もたしぎちゃんと一緒に働きたいよぉ。男しかいない職場なんてもううんざりだわ」

「え、そ、そんな私なんて!スモーカーさんと同期のヒナさんとか、つる中将とか!」

「ヒナは厳しいからいい。つる中将はそれこそ私になんてお構いにならないでしょう」

「でも、文官としての出世道といえばやっぱり最終的には本部で参謀になることじゃないですか。スモーカーさんや私みたいな外回りって、やっぱり強くないといけないですし」

「…そうだよね、私たしぎちゃんより全然弱いしね」

「いやそうですけどでも文官としてはすごい注目されてるじゃないですか!」

「書類整理が得意ってだけなんだけどねぇ。まさか社会人の時のしごきがこんなところで生きるとはあの時は思ってもなかったわ…」

「いやいやそんな!…えっと、シャカイジンって何ですか」

何を言っても懸命な様子で真面目にずれた返事をしてくれるたしぎが可愛くてついついお酒も進む。呂律も回らなくなってきたけれど構わないだろう。優秀な剣士であるたしぎちゃんの細腕が見かけより力持ちなことなんかもう知れたこと。名前ひとりくらい担げるのだからびっくりだ。それにしても呂律も怪しくなるくらい飲むのなんていつ振りだろう。

「それに最近噂になってますよ、名前さんはクザン大将も目を掛けるくらいの切れ者だ、って」

「…何かちがう。目をかけるのいみがちがう。それにあんな大男に目をかけられてもねぇ?うれしくないわー」

そんな風に酔っ払ってついつい気を緩めていたからなのか何なのか、最近では気づけるようになっていた冷たい気配に、名前は全く気づくことができなかった。いきなりたしぎがぴしっと固まって背筋を正したことを怪訝に思いながら後ろを振り向いたときにはもう色々遅かった。

「………何でいるんですか、くざんたいしょお…」

「へー、本気で飲むとそんな感じになるんだ名前ちゃん」

「あなたがこんなとこまで来るからへんな噂がながれんですよ、わかってんですか」

「噂じゃないしね、そりゃ」

そのクザンの言葉にたしぎがやっぱり…と呟いたのが聞こえた。何がやっぱりなのか後で問い詰めなくては。

「何でいるんですかっていうしつもんにこたえてません」

「そりゃもう二週間も名前ちゃんの顔見てないし?俺のとこに顔出してくれてもよかったんじゃないの」

「そんなぎむはありません、ごぞんじなかったんですかくざんたいしょー」

グラスを片手に舌っ足らずな口調でそういう名前からはいつもの冷たさが一切そぎ落とされており、言ってる内容は相変わらずなのに全く刺さらない。いっそ新鮮である。

「…名前ちゃんていつもこんなに酔うの?」

「えっ、あ、いや、いつもはそうでも無いんですけど…今日は何かお気に掛かることがあったらしく…」

「ふぅん?」

急に話し掛けられて、たしぎは挙動不審になりつつも素直にクザンの問いに答えた。こんな凄い人に目を掛けられるなんてやっぱり名前さんは凄い人だなぁ、と噂の真偽を確信する。名前が名前にちゃんを付けられるのを毛嫌いしているのは有名な話で、そうする人がいようものなら口も利かなくなるほどの嫌がりようだとたしぎも知っている。それをクザンに許しているというのはつまりそういうことなのだろうとたしぎがひとり納得しているのを名前は知らない。

「たいしょお、たしぎちゃんをいじめるのはやめてください」

「…変に絡んで迷惑掛けてるのはどっちだか。ああ、君、こいつは俺が預かるから」

「あっ、はい、それじゃ私はお暇しますね名前さん!」

頑張ってくださいね!とたしぎが小声で残していった声援の意味は後で聞くことにして、名前はあっさりと去っていくたしぎを恨みがましく見送った。こんなにもあっさりとこんな男と二人にすることないのに。

「…で、お気に掛かることってのは何?俺に話してみなさいや」

「えー……」

普段の名前ならもう飲まないとか、余計なことは話さないとかいう判断ができたはずだ。しかしたしぎが相手だったことに加えて精神的に少し落ち込んでいた名前にはもうそんな理性的な判断は下せなかった。

「おごってくださるんでしょうね、くざんたいしょー」

「はいはい、何ならドンペリでも奢ったげるから」

ここまで酔った名前を見るのは初めてだった。この分だとあっさり口を割るかもしれない、そう考えたクザンは少しだけ口の端を持ち上げて名前の隣へと腰を下ろした。
こんな好機をクザンが逃す訳は無いと気付ける理性も名前にはもう残っていなかった。


祥子
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