かの海賊船からやっとのことで抜け出したあと、家に着いたのはもう夜も遅い時間であったが休暇はあと数時間残っていた。その全てを睡眠に充てた名前は、かの鳥の名を持つ海軍大将が名前の部屋を三度も訪れていたことなど全く知らなかった。
「…で、何故私は問い詰められなければならないのでしょう」
「名前ちゃん前言ったじゃねェの、勤務中に口説くのは止めてって」
「…はあ、まあ、言いましたかねぇそんなことも」
「だから休暇中に行ったんじゃない」
「でも別に約束してたわけじゃないですよね」
ほんの二、三日ぶりに会った上司は(忘れがちだがクザンは実は名前直属の上司ではない)、いい年をして拗ねたような声を出して名前からふいと目を逸らした。まっったく可愛くないのでそんなことをしないでほしい。
「で、どこにいたの」
「…お伝えする義務はありませんよね」
「いやだってかなり遅くまでねばったのに帰ってこなかったし」
「そりゃ部屋には居ませんでしたから」
「…外泊?へー、そんなことしちゃう子だったの」
ちょうど口に運んだじゃがいもが大きかったせいで言葉を発することができなかった名前は、代わりに目で呆れを表現した。一体この人は私のことを幾つだと思っているのだろう。ちなみに今は昼食中で、一人隅っこで食べていたはずの名前はいつの間にかどこからともなく現れたクザンに捕まってしまい現在に至っている。
じゃがいもを飲み込んでから、名前は口を開いた。
「ああ、そういえば、刷り込みはやはりあったようです。つまり私がクザン大将の手に引き寄せられるのはトリトリの実が原因であって、他に何の要因もありません」
既に昼食を食べ終えたらしいクザンは何かを注文するでもなくただ名前の前に座って名前がカレーを口に運ぶのを眺めながら、そう、と気の無い返事を返した。いやそこはそんな適当では困る。そこのとこきちんと分かってもらわねば。
「悪人が居合わせたら大変だろうね、トリトリの実を食べたとき。悪用されまくりで」
「それは…」
大丈夫ですよ、とは言えなかった。正確には刷り込みは好意を持っている人間に懐きやすくなるだけであるということを説明しなければならなくなるからである。だからそうですね、と同意を示すだけに留めて、名前はカレーの最後の一口を水で流し込んだ。
「で、それは誰に聞いたの」
単刀直入なその言葉に、ちょうど水を飲んでいた最中の名前は思わず噎せこんだ。そんな名前の様子を頬杖をついて眺めながら、クザンは更に言葉を重ねた。
「それと、何で能力使えるようになってんの」
…そこまで知られているとは。もしかして白ひげと接触し更には一泊したことまで知られているだろうかと、氷結人間でもないのに冷や冷やしたけれど、クザンはそのことについては触れなかった。
「…練習しようと思いまして。結構遠出して、博識な知人に色々と教えを乞うたんですよ」
「ふぅん。博識な知人ねぇ…?」
ああ、まずいかもしれない。場の空気が数度下がった気がする。
「名前中佐!センゴク元帥がお呼びです!」
そう言伝に来た若い海兵が天の救いのように見えた。それに返事をして、コップの中に残っていた水を飲み干してから、名前はトレーを持って立ち上がった。
「じゃ、そういうことなので、また今度」
「今度、ね」
意味深にそう繰り返したクザンに、しまった次の約束を取り付けることになってしまったかと名前は己の失言を悔いた。流石に根掘り葉掘り聞かれたら逃げ切れる気はしない。
「また今度ゆっくり話そうね、名前ちゃん。お仕事がんばって」
ひらひらと手を振って去っていくクザンに、仕事さぼらないでくださいよ、と返すのが名前の精一杯だった。
祥子