降り立った二人に、後ろから「珍しいぞ、マルコが女にご執心だ」とか何とか声が掛かったけど本気で止めて欲しい。
「何だ、このくらいでへばってんのか」
「………世界最強の海賊のクルーと一緒にしないでください」
「お、オヤジのことを知ってんのか」
白ひげ一番隊隊長であるマルコが私に構ったからかそれとも私が白ひげのことを世界最強だと言ったからか、白ひげのクルー達はあっさりと警戒を緩めた。そんなんでいいのか白ひげ海賊団。
よく分からないが、あれよという間に何故か宴に招かれてしまった。招かれるも何も既に船にはお邪魔してしまっているのだから不可抗力というものであるが、渋々名前も世にも恐ろしい海賊の宴というものに参加することになったのであった。まあ休暇は三日ほどあるし別に良いか、なんて思ってしまった名前はもしかしたら海軍の掲げる正義というものには相応しくない人間であるのかもしれなかった。
「あの、マルコさん。お聞きしたいのですが」
「ん?何だよい」
何だかんだ言ってマルコは同じ飛翔系の大先輩である。今の内に聞けるものは聞いておこうと、名前は木でできたジョッキを片手にマルコのもとへと近付いた。
「トリトリの実って、すりこみとかってあるんですか」
「すりこみ…?」
「ほら、雛って最初にみた動くものを親って認識してついてくじゃないですか。カルガモとか。あんな感じの」
マルコも同じように木でできたジョッキから酒をまるで水か何かのように流し込んでいる。酒:水=1:2くらいで割っても名前にはまだきついくらいの酒だというのに。
「どうかねい。おれァ鳥っつっても不死鳥だからなァ」
「いやいやあるぜ、名前ちゃん」
話に割り込んで名前の質問に肯定を返したのは、この船へ飛んできてから初めて名前に気付いたリーゼントの男だった。
「あー…えーと、さ、さ…さっこ?でしたっけ?」
「さっこって。女の子かよ。サッチだよ、サ、ッ、チ」
「はあすみません。可愛い女の子の名前しか覚えられない体質でして」
「マルコは言えてたじゃねェか!」
…ああ思い出した。サッチとかそんなキャラも居た気がする。すぐ死んだ気もするけど。さてさてこんな馬鹿話ではないのだ、本題は。
「あるんですか、すりこみ」
「勝手なこと言ってんじゃねェよいサッチ。覚えがねェよい」
「いや、あるぜ!見事に刷り込まれてるじゃねぇか、オヤジに!」
サッチの言葉に、マルコはあぁ…と納得したような声を出した。
「けどそれはオヤジだからだろい。トリトリの実は関係ねェよい」
「けどお前、あんときも――――」
「だからそれは――――」
何やら口論に発展してしまった。ものすごく酒臭い。完璧に酔っぱらいだ。後で結論だけ聞かせてもらおうと名前はそっと二人のそばから離れた。
正直むさ苦しい男ばっかで何も楽しくなかったけど、船内に入ると眩いばかりのお姉様方がきゃっきゃうふふとお茶をしていらっしゃった。しまった最初から船内に入っていればよかったのか…!
にこやかに笑って入ってみると流石海賊船のナースさん、全く動じずさらりと迎え入れてくれた。何て事だ天国はここにあったのか…!!
*
そして翌日、二日酔いで少々不機嫌になったマルコさんから、すりこみはまぁ無いこともないかもしれない、という返答を頂いた。
「他の鳥人間を知らねェから何とも言えねェがよい。…まあ、相手に好意があったら懐きやすくはなるんじゃねェか」
「好意……ねーわ」
相手であるところの某大将を思い浮かべてぼそりと低く呟いた名前に、マルコは頭を押さえながらそうかよい、と返した。そうだよい、と返したくなったが怒られそうなので止めておく。
ちょうど、見張り台の方から島が見えたというような内容の歓声が聞こえてきた。流石に港で海賊と一緒にいるところを見られては不都合が起こるかもしれない、ここは先に飛んで帰るべきだろう。
「じゃあまあ聞きたいことも聞けましたし、そろそろ私は…」
「待てよい。オヤジに挨拶しねェで帰る気かよい」
「えー……」
がし、と腕を掴まれる。本気で握られたらきっと私の腕などものの一握りで潰してしまえる力をお持ちな方だろうから手加減はされているのだろうけど、地味に痛い。そして話してくれる気は無いらしい。
「………今更じゃないですか。それに何て挨拶するんですか。侵入者ですこんにちはとでも言えばよろしいですか?」
「…そうだねい、まァ、位置づけ的にはおれの友人ってとこだろい」
「えー…」
「露骨に嫌そうな顔すんじゃねェよい」
「海賊のお友達なんて欲しくありませんでしたよ…」
しかし仕方がないからここは挨拶しに行くしかないだろう。そしてさっさと帰って寝よう。うん。
「分かりましたよ、友人のマルコさん」
溜息を吐きながらの言葉だったというのに、何がそんなに嬉しいのだか、マルコは笑って手を離してくれた。年齢と職業の割に随分と可愛らしい男である。まあ男なのだけれど。
祥子