「いや、あの…悪魔の実を食べたのはつい最近のことで、まだ制御が利かなくてですね。練習しよっかなーと思って飛んでみたら風に飛ばされて…」
「…普通は誰かとやるもんだろい…」
「付き合ってくれるような友人に心当たりがなかったもので」
呆れたような憐れみのような顔をされた。何だろう、ものすごく屈辱的だ。
「あのでも、だから別に危害とか加えません。というか加えられません、私、弱いので」
「…海賊船の上でそんなこと言っちまって良いのかよい」
「いや、強いって言った方が危険な気がします………それに弱いのは事実なので」
強かったらそれこそ白ひげの首を狙った侵入者とみなされて即殺されそうだし。いや今現在もいつでも私を殺せるように武器を構えていらっしゃる怖いおにーさんたちに囲まれているわけだけれども。
「あのー…という訳で、帰ってもいいですか」
ざわつく周囲に向かって首を傾げて見せる。マルコは少し考え込むように顎に手を当てたあと、ややあっておもむろに口を開いた。
「おれが、教えてやろうかよい」
「……………は?」
ちょっと失礼な声を返してしまった。けど仕方ないと思う。だって普通白ひげ海賊団の一番隊隊長にそんなこと言われるなんて思わないじゃない。
「え、いやいいですご遠慮します」
「おれも飛翔系だ、勝手は心得てるよい」
「お気持ちだけでお願いします、あのほんと勘弁してください帰らせてください」
「そうかよい、じゃあ行ってみるかねい」
だめだこの人話聞いてない…!丁重にお断りしたというのになぜかやる気満々で羽とか広げちゃってるよ…!なぜだ…!
きらん、と光った青い瞳は確かに猛禽類の色だった。所詮小鳥でしかない私は、本能的に身の危険を悟って慌てて鳥へ変化して飛びすさった。ぎりぎりのところでマルコの嘴をかわし、船縁へ飛び移る。しかし当然ながら百戦錬磨の一番隊隊長がそのくらいで攻撃を止める訳もなく、名前はしばらく生死を賭けた追いかけっこに興じることとなった。
何なんだ実は怒ってたのかマルコ…!そんな風には見えなかったのに…!分かりにくい男め、なんて内心で盛大に不満を漏らしていると、頭上を鋭い何かが切り裂いた。紙一重で避けるとどうやらそれはマルコの爪であったらしかった。余所事を考えてるんじゃねェ、ということらしい。
というか何なんだ本当に。ありがた迷惑だ。
「ほぉ…なかなかやるじゃねェかよい」
いやそりゃ逃げなきゃ死ぬとなれば普通死にものぐるいで逃げるでしょうよ!
「何だ、お前半獣化できねェのか?」
空中で腕だけ翼に変えてホバリングしながらマルコは挑発するように言った。そういう高度な芸当はまだ名前には無理な話である。無理であるというのに。
「折角の飛翔系なんていう珍しい能力も使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだねい」
…何がしたいんだろう。よく分からないが、マルコは急に私を罵倒し始めた。何たる仕打ち。
「まあ付き合ってくれるやつもいねェでひとりで練習してるような奴には要らねェ力かもしれないがねい?」
何だこの語尾よいよい男が…!苛つく、苛つくぞ…!文鳥化している今名前は喋れないというのに…!
「こんだけ言われても何も言い返さないのかよい、情けねェなぁ」
「何なんですかSキャラですか全くあんたにそんなの求めてませんもっと柔らかいおっぱいがついてる可愛い女の子から限定なんですよそういうの言われて萌えるのは!!」
…あれ?喋れた。
「出来るじゃねェかよい」
何やらマルコさんがにやりと物凄く悪どい笑みを浮かべている。今のすごい海賊っぽかった。いや、海賊なのだけれども。その視線の先を辿って名前が自分の体を見下ろすと、小さな小鳥のものではない立派な足が二本付いていた。マルコと同じように腕だけ翼になっているらしい。なるほどさっきの挑発はこれを狙ったんですね。
「………すみませんうっかり本音が。忘れてください」
「いや、衝撃で忘れられそうにねェなぁ。お前女が好きなのかよい」
特に隠すつもりは無かったけれど公言するつもりも無い事実を意図せず暴露してしまった名前は思わず溜息を吐いた。まぁ海賊に常識を説かれることも無いだろうけれど。
「…まぁ、男に興味はありませんね。ごつい男の体よりやわらかーい女の子の体の方がよっぽど大好きですが何か」
「奇遇だな、おれもだよい」
「…まぁ男に興味あったらびっくりですよね、別に気にしませんけど」
「…お前、面白ェやつだな。気に入った」
「そうですか。恋愛対象には入れないでくださいね面倒なので」
そう言うと何故か呆れたような目で見られた。一応釘を刺しといただけなのに。それよりそろそろ腕が疲れたのだがどうしたものだろうか。ホバリングというのは飛行するよりも体力を使うものらしい。そりゃそうか。
そんな私に気付いたのかどうか、マルコはやっと鍛錬(という名のただのイジメだったような気がする)を終えて下の方へ下降を始めたので、名前もそれに習う。
「あァ、そういや名前はなんてんだよい、お前」
甲板へ立った途端に体中ががくがくと震えた。対するマルコは平気な模様であるが、ぐったりと疲れ切った名前は船縁へと体を凭れ掛けさせた。というかそういえばお互い名乗りすらせずにあんなことしてたのか。色々と順番がおかしい。
「………名前、です」
息も絶え絶えにそう答えた名前にマルコはそうか、おれはマルコってんだよい、なんて分かり切ったことを口にした。
祥子