ロングリングなんとか島に着くなり、クザンは立ったまま眠りに就いてしまった。この後麦わらの一味に遭遇するのは知っていたので名前は白文鳥になりすまして自転車のハンドルに止まっている。

そしてそのうち辺りがざわつき始めた。どうやら展開が始まったらしい。わざわざ可哀想な可愛い女の子の悲しむ顔を見て喜ぶ趣味は無いので、ぎゅっと固く目を瞑って終わるのを待つ。それにしたってクザンはどうしてこうもロビンに構うのだろうか。まだ幼い八歳の少女が生きていく為には“尻軽”にならなければいけないことなど分かり切ったことであるのに、またクザンとてそれを分からずに助けた訳ではあるまいに、何故こうも酷い言葉を浴びせるのか。何にせよクザンがロビンに対して並ならぬ感情を抱いているのは明白だった。





「…あ、終わったんですか可愛い子イジメ」

ぱきぱきと海面が凍る音を合図に閉じていた目を開く。くぁ、と欠伸をしながら声を掛けると、クザンの固い表情が少しだけ和らいだ。それにしたって随分と酷い顔をしている。そんな顔するくらいなら素直に助けてやればいいのに。

「………人聞き悪いこと言わないの」

「だってそうじゃないですか」

クザンは溜息を吐いて、来た時と同じように至極面倒臭そうに自転車を漕ぎ出した。小鳥のままではクザンの体温は冷たすぎるので人型に戻って自転車の後ろへ乗る。

「面倒な人ですね、クザン大将」

「…名前ちゃん、結構言うよね」

クザンは僅かに傷ついたような疲れたような顔をしてもう一度溜息を吐いた。吐き出される息は冷たい。動揺しているのかなんなのか、能力の制御が利かなくなっているようだ。

「そんな顔するくらいなら私なんか連れてこないでくださいよ」

「あー…それはほら、アレだ」

またそうやって誤魔化す。溜息を吐きたいのはこっちの方だ、そう言いたくなったけれど何となく目の前の男が可哀想になってきた名前は小さく息を吐き出すに止めておいた。

「…っていうか名前ちゃんはどこまで知ってんの」

「何がですか」

「だから…あー、あー…まァいいか」

相変わらずものぐさで面倒臭がりで、そして面倒な人である。

「帰りお茶していこうか、名前ちゃん」

「いやです。サボる気まんまんですか」

「まぁまぁ、一杯茶ァ飲んだらすぐ帰るから」

「クザン大将と一緒にいるところとかあんまり見られたくないんですけど」

「…それはどういう意味で」

「だって目立つじゃないですか。目立つの嫌なんですよ」

「あー……」

じゃァ鳥になってりゃいいじゃない、とか何とか結局言いくるめられてしまった名前は今度こそ大きく溜息を吐いた。





……何故こうなった…!

名前はとてもかなり物凄く不本意ながら、鳥の姿でクザンの掌のあたりに収まっていた。勿論、男のごつい手なんかに好きで収まっている訳ではない。

「…ほんと不思議だよなァ。一体どういう仕組みなんだか」

大きい指が背中を撫でる。ほんの少しでも加減を間違えられたら潰されてしまいそうで気が気ではないが、自分から頭を擦り寄せてしまうのだから何も言えない。すり込みだかなんだか知らないが、全く厄介な副作用を付けてくれたものである。睨んでみてもクザンの方ではつぶらな瞳に見上げられているくらいにしか感じていないようで、名前は心底十数分前の自分の迂闊さを呪った。何より、離れてしまえばいいのにそれができずされるがまま良いように愛玩されている自分が恨めしい。だけどやっぱり悪いのはクザン大将だと思う。クザン大将なんか自分の作った氷で滑って転んで頭を打ってしまえばいいのに。しかし悪態を吐いても口から出るのはピィピィという囀りだけ。

「あー何か今酷ェこと言ったでしょ」

「…ピィ」

人語は喋れない身であるというのにクザンには名前が何を言ったか分かったらしい。流石キジだ。それなら早く本部へ戻るという願いも聞いてください。

「…ぴ、ピ!(早く帰りましょうクザン大将)」

「ん?何、食べる?しゃーねェな、ほら」

違うっつの。パンくずなんて食えるか鳥じゃないのに。しかし人目のある町中でいきなり鳥から人に変身して善良な一般市民を驚かせる訳にもいかず囀るしかない名前のそんな思いも知らないで、クザンは鳥に餌付けをするように掌にパンくずを乗せて差し出した。
別にパンが欲しい訳じゃないけれど、まるで引力のように名前を引き寄せる魅惑の掌に、名前はまた思わず自分から体をすりつけてしまっていた。

「あらら、羽にパンくずくっつくでしょうが。止めなさいや」

(不本意だ……!)

離れろ体…!だなんて幾ら念じてみても効果は無い。名前は諦めてすっぽりとクザンの掌に収まった。これで落ち着いてしまうのだから全く恐ろしいものである。

「あれ、拗ねちゃった?名前ちゃん?」

無視。もとより囀りで返すくらいしかできないのだから、こうなればクザンの気が済むまで放っておく。返事をしないまま名前はクザンの掌の中で自分の羽を繕い出した。宥めてもすかしても見向きもしない名前に珍しく折れたのはクザンの方だった。

「あー分かった分かった、帰ったげるから」

「…………ピ」

「はいはいごめんね」

恨めしそうな声を出す名前に、クザンは至極楽しそうに謝罪した。全く反省の色は見られない。もう絶対にお茶には付き合わないでおこう、名前が内心でそう決心したのも仕方ないことであろう。





「………なァ、さっきあの島に居たのって青雉だけだったか?」

「あん?何言ってんだよウソップ。他に誰か居たってのか?」

「いや………(あれはやっぱり幻覚だったか)」

麦わらの一味の誰かがこっそり名前を目撃していたりするかもしれないが、それが話題に上るのはもう少し後のこと。

「まさか、なァ…幾ら大将でも海をチャリ二ケツでは来ねェよなァ…」

ぶつぶつ呟くウソップに仲間が怪訝な顔をしたりするのはまた別のお話である。


祥子
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