窓の外から急に話し掛けられた。氷で足場を作っているらしい。能力の無駄遣いだと思う。

「よォ名前ちゃん、飛べるようになった?」

「…前回も思いましたがクザン大将はお暇なんですか?それとちゃん付けないでください」

「何言ってるの、大将が暇なわけないじゃない」

当然のような口調で返されたものの、それならどうしていち海兵である名前にこうも構うのだろう。悪魔の実を食べる要因を作ってしまったことに少しは罪悪感でもあるのだろうか。それなら食べさせなきゃ良かったのに。

「相変わらず名前ちゃんは仕事熱心だなァ」

「ええまあどっかの誰かさんたちのお陰です。ちゃん付けしないでください」

「それはどういたしまして」

よし無視しよう。名前はコンマ一秒以下でそう決定すると、視線を書類に向けた。窓の外でクザンがあらら〜と気の抜けるような声を漏らしているがどうでもいい。

「…そこにおったかクザン!」

「あららら、見付かっちゃった」

「また海兵を撒きおって…泣き付かれるこっちの身にもならんか」

ここの執務室の扉は可哀想だ、誰が入って来るにしろ大抵勢いよく叩き付けられるのだから。入ってきたのはセンゴクで、どうやらクザンに立腹中らしい。漫画でも青雉はよく単独行動をしているイメージがあったが、あれは大将故の自由などではなく単に海兵を撒いていただけのようだ。可哀想に。

「ムサい男に目付け役されてもねェ…あァそうだ、じゃあちょいと名前ちゃん借りてくわ」

「え、ちょ」

急に体がふわりと浮く。どうやら持ち上げられたらしい。しかも片手で。もう片方の手は後ろ手にひらひらと振られている。

「じゃ。」

眼前には白いベストに覆われた厚い胸板。抗う間も無く、名前は外へと連れ出された。後ろの方でセンゴクが声を荒げているのが遠く聞こえた。





「………私今までクザン大将は緩いけどやるときはやる仕方無いけど悪くない上司だと思ってたんですが誤解でした。認識を改めます」

ちりちりと筋状に凍り付く海面とその上を走る自転車の車輪、そして自分のすぐ前にある広い背中を無感動に眺めながら、名前は宣言するようにぼそりと呟いた。大した声量など必要ではない。どうせこの距離だ、小さな呟きでも聞き逃す方が難しい。

「どうっしようも無い人ですね、貴方って人は。今までいい人かもなんて誤解していてすみませんでした」

「いいよ、別に」

返ってきた投げやりな返答に思わず湧いてきた苛立ちを、腕に力を込めることで何とかやり過ごす。しかしその腕は今非常に不本意なことにクザンの腰に回っているので、クザンに喜色を浮かべさせる結果にしかならなかった。

「あらら〜、熱烈だねェ名前ちゃん」

「ちゃん付けしないでください死にたくなります」

「そんなにか」

暫く会話が途絶える。落ちるのは流石に怖いので、非常に不本意ながら腕はクザンの体に回したままだ。名前が今晩の夕食は何にしよう鳥肉がいいな雉の丸焼きでも食ってやろうかなんて現実逃避をしていると、不意に目の前の男が小さく笑うのが分かった。

「………何ですか」

「いや、ものぐさに見えて結構喋るよね、名前ちゃんて」

「……………」

思わず溜息が漏れるのが分かった。この距離だから聞こえているに違いない。
こんな風に、大して関わってもいない男に自分のことを分かったような面をされるのは名前の最も不本意とするところだった。はずなのに。

「そりゃあ私はクザン大将みたいに言語活動まで放棄したりしてませんから。それといちいち訂正するのもめんどいんでちゃんって付けるのそろそろ本気で止めてください」

気付けば名前の口は戯れのような嫌味の応酬を繰り出していた。どうやらクザンを嫌いになることはできないらしい。何故だかは分からないけれど。

「あー…それじゃ名前で」

「呼び捨てですか」

間髪入れずの名前の不平に、クザンはじゃあどう呼びゃあ良いのよ、と僅かばかり理不尽そうな声を上げた。全く、理不尽な思いをしているのはこっちの方だというのに。

「で、そろそろどこに向かってるのかくらい教えてくださいますか人攫い大将」

「何それ」

「本人の同意もなく勝手に連れ出すなんて立派な人攫いですよ全く海軍大将ともあろう人が。嘆かわしい世の中です」

腕でクザンの腹筋が揺れていることを確認する。どうやら笑っているらしい、何て失礼な人だ。

「良いじゃない、減るモンじゃ無いし。それに男と二人乗りなんて御免だしなァ」

「…じゃあひとりで行けよ」

大体減るどころか増えるのだ、仕事は。それなのにこうしている間にも時間は減っていくのだからやっぱり理不尽だ。思わず本心を漏らした名前に、クザンがまた腹筋を震わせた。

「…何笑ってんですか。大体こっちだって男と二人乗りなんて御免ですよ」

二人乗りというのは可愛い女の子とやってこそ美味しいシチュエーションだというのに。背中に柔らかい感触を感じてドキッとかいうハプニングも起こりそうにないし。仄かに香る香りは男物のコロンで、正直何も美味しくない。

「前々から思ってたけど、名前ちゃんって……」

またちゃん付け。もうそろそろ本気で切れたいが、どうせその反応を楽しんでいるだけなのだろうからやめておいた。しかも続きは言わないらしい。言いかけておいてやめるなんて半端なことをしないで欲しい。

「で、どこに向かってるんですか」

「あー、ロングリング…何だっけなァ」

………それってもしかしなくても麦わらの一味と出会うところじゃなかったっけ。そしてロビンに酷いこと言うシーンじゃ。もうそんなところまで進んでたのか原作。そういえば少し前に同期の煙男が不本意そうに昇進の報告をしてきた気がする。なるほどあれはアラバスタの一件だったのか。

「………帰ってもいいですか?」

面倒臭いことには極力関わりたくない名前としては、あまり物語の重要な場面には立ち会いたくないのだが。

「何言ってんの、そんなちっさな羽じゃ本部まで保たないでしょうや。大人しく居ときなさい」

クザンが勝手に連れ出した癖に、帰りたい場合は自力でしかも鳥になって帰るのが前提らしい。何て勝手な人間だろう。面倒なことになりそうだと名前は溜息を吐いた。…まぁ、大将青雉に関わった(関わられた)時点で平穏な生活など元よりあまり期待はしていなかったのだが。


祥子
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