疲れている体を引きずってみんなより先に食堂に向かうのはいつものこと。静かな食堂の雰囲気がとても好きで、騒がしい食堂はあまり好きではない。喋りながらご飯を食べるのはあまりマナーがいいとは言えないし、そもそも私には一緒に食べる友達がいない。エレンやアルミンが気を遣ってよく隣に座ってくるけど、私が頼んだことではない。食事は、生きるための行為だ。
「今日も早いな、腹減ってるのか?そんな風には見えないが」
「ライナーも珍しく一人なのね。ベルトルトと喧嘩でもしたの?」
「それはこっちのセリフだ。お前ら、何かあっただろ」
にやにやと気持ちの悪い笑みを顔に貼り付けたライナーは私の隣に腰を降ろすと、配給されたパンを一口齧った。その姿は人を喰らう巨人みたいで、私は自然と視線を逸らす。行き場のなくなった視線は少しさまよってから、喧嘩をするエレンとジャンに止まった。
「嫌いだと言われた。私は、好きだと言ったのに」
あの時のベルトルトを思い出して、自然と溜め息がこぼれる。彼の目は戸惑っているように揺れていて、何かを決意しつつもまだ迷っているような、眉を下げて泣きそうな顔。
「私、ベルトルトに何かしたのかしら。じゃなきゃ、あんな風に…」
好かれていないとは思うけれど、嫌われているという風には感じない。拒んではいる、でも嫌なんじゃなくて、出来ないという方が正しいのかもしれない。何かに縛られたように私を拒絶している、私との間に大きな壁があるみたいに。近づいてはいけない理由なんて、そんなもの、私にはないのに。
「あいつは元々、人と関わるのが好きではないだけだ」
「ライナーとアニはいいのに?」
「……それは、同郷だからで、」
「皆、嘘ばっかりね」
私が嫌いだと言ったベルトルトも、好きではないと言ったライナーも。あんなに物欲しそうに、それも許しを乞うように、彼は私を見詰めている。ずっと、私を見ているのだ。
苦い顔をしたライナーはそれ以上何かを言うことなく、パンを咀嚼した。私も特に話すことがなくてスープを胃に詰め込んだ。あまり味のしない食事には慣れなくて、胃からせり上がってきそうになったものを水で流す。
「ライナー、あなたは馬鹿だわ。ベルトルトも、馬鹿よ」
「何故そんな罵声を浴びなくちゃならない?」
少しムッとしたような声が隣から聞こえたけれど、私は気にせずに続けた。
「後先考えずに行動して、結局後悔するのは自分なのよ。人を愛すこともできないなんて。」
自分の声は思っていたよりも低くて小さくて、ライナーにちゃんと聞こえていたかはよく分からない。眉を寄せているからたぶん聞こえているんだと思う。別にライナーには嫌われても構わないから、彼がどう思ったかはどうでもいい。重要なのは、それをベルトルトにそれとなく伝えて欲しいということだ。
「お前がなんのことを行っているのか分からないが、あまりいい気はしないな」
「気を悪くしたのならごめんなさい。謝るわ」
残りのパンを口の中に詰め込んで、席を立つ。早いうちにお風呂に入らないと混んでしまって時間がかかる。私にはライナーと話している時間なんてない。急いで終わらせて、ベルトルトの所へ行かないと。
歩きだした私は思い出したように声をあげて、振り向いてライナーを見た。
「ライナー、私、あなたのことそんなに嫌いじゃないわ」
戸惑ったようなライナーは少し目を開いて、ああ、と小さく頷いた。その頬は少し赤いような気がして、私は視線を逸らす。その反応は、あまり好きではない。
「俺はてっきり、お前に嫌われているもんだとばかり思っていた」
「そうね。そういう情けない顔はあまり好きじゃないわ。嫌いとまでは言わないけど、いいもんじゃない」
落ち込んだようなライナーは小さく返事をすると、再びスープに向き合った。その背中を確認して、多少疲れを感じた体は溜め息を吐く。早くベルトルトに会いに行こう。そう思った私は足早に浴場へ向かった。
(あなたの抱えているもの、それは後悔。)
愛子